第5話 根と茎と花弁があって花となる

 再び衝撃波を発してキヨラを遠ざけたカンパネルラの掌に灰色の光が生まれる。カンパネルラが手を下に向け、光弾を地面に落とした。


 光弾は地表を削りながら走り、さらに三つに分裂してキヨラを包囲するように進む。咄嗟に加護を使用して退避したキヨラは、その灰色の瞳を驚愕で彩った。


「これは……!」


 地を這う光弾は意思を持つようにキヨラを追尾してくるのだ。避けきれずにその一発が足元で炸裂。土砂が巻き上がり、爆風の余波を浴びたキヨラも宙に投げ出される。


「キヨラ!」


 ハルトシが声を上げて駆け出し、クシズとウタカもそれに続く。


「待って。ウタカが思うに、地面から攻撃されたらクシズちゃんの日傘でも防げないよ」


「あ、だからカンパネルラはあの攻撃を仕掛けてきたのか?」


 カンパネルラは接近するハルトシたちにも地を這う追尾弾を放った。三人は慌てて急停止して顔を見合わせる。


「どうすればいいのー?」


「ウタカにお任せ」


 ウタカが光条を放って迎撃。黄色の閃光に貫かれた数発の光弾はその場で爆散する。


「よし、それでキヨラを助けに行こう」


 ハルトシの声に頷き返すと、ウタカは近寄る光弾を破壊しながらキヨラへの道を作っていく。


 爆風に飛ばされたキヨラに損傷は無いらしい。だが、次々とカンパネルラが放つ光弾に対処できず、逃げ惑うしかできないでいた。


「大丈夫か?」


「はい。でも、これでは身動きが取れません」


「地を這う攻撃はウタカが何とかするよ」


「ですが、全方位に放つ波動があっては近づけません」


「そっちはわたしが防ぎますー」


 キヨラは仲間の顔を見詰めると、決然と口を開く。


「カンパネルラへの道を作ってください。後は私が何とかして見せます」


 クシズが笑みを浮かべ、ウタカは親指を立ててみせる。


「よし、行くぞ!」


「ハルトシはクシズさんの後ろにいてください」


 すごすごとクシズの背後にハルトシが移動すると、三人の戦乙女が動き出した。

 カンパネルラが陰険な笑みを浮かべ、数発の光弾を地表に投げ打つ。大地に傷跡を残しながら走る光弾は分裂、前方を扇状に広がって三人へと殺到していた。


「行っくよー」


 ウタカが羽から光条を連射し、正確に地を這う光弾を射止めていく。連続する爆発が砂塵を巻き上げ、視界を黒く染め上げた。


 前面に道が開かれ、クシズを前にして一同が粉塵のなかを突き進んだ。破壊しきれていない光弾が両側から挟み込むように四人へ迫るが、足を止めずにひた走る。


「クシズさん、来ます」


「はいー」


 肉薄する一同を突き放そうとカンパネルラが衝撃波を放った。立ち止まって身構えるクシズの日傘を灰色の波動が押し包む。

 衝撃に押されるクシズの背を三人が支える。〈日傘の絶対防衛領域〉の綽号を有するクシズが、ようやく波動を耐えきった。


 日傘の陰からキヨラが飛び出し、加護によってカンパネルラへと肉薄。多数の光弾が軌道を変えてその背を追って行く。


 虚を突かれたカンパネルラが衝撃波を放たそうとするが、キヨラの速度がそれを上回る。残像の尾を引いたキヨラはカンパネルラに詰め寄ったと見るや、そのまま後方へと駆け抜けた。


 思わずその後ろ姿を視線で追ったカンパネルラが気付いたとき、キヨラを追う光弾の群れが自身へと向かってくるところだった。


「なっ⁉」


 カンパネルラの困惑の声が爆音に掻き消される。キヨラを追っていた光弾が続々と着弾し、連鎖する爆発がカンパネルラの身体を飲み込んだ。


「やりました!」


 振り返ったキヨラが、立ち上る爆炎を目にして笑みを浮かべる。ハルトシも日傘の横から顔を覗かせて拳を握りしめた。


「待って。人影があるよ」


 ウタカの冷静な声音が、弛緩しかけた空気を再び張り詰めさせる。


 噴煙のなかに小柄な影が黒い輪郭となり、その存在感を主張していた。


 突如、一際大きな波動が弾けて立ち込める白煙を四散させる。さすがに無傷とはいかず、カンパネルラの全身には傷口が開いていた。その傷から流れ出している液体が黒いのが、異形の種族の表れでもあるようだった。


 カンパネルラは宙に飛び上がると、そのまま見えざる翼を羽ばたかせて飛翔する。二十メートルほどの高さで浮遊し、ハルトシたちを睥睨した。


「誉めてやろうじゃないかね。ここまで手強い人類は初めてだ!」


 両掌を下に向け、四人を照準したカンパネルラが憤激を具現化させた光弾を連射。灰色の光が流星のように地上へと降り注いだ。


 クシズの日傘に集合した三人が爆撃に晒されつつ会話する。


「このままじゃあ、長いこと耐えられませんー」


「トドメを刺す前に本気にさせちまったな。あの高さにいたら手が出せない」


「キヨラちゃんは?」


 ハルトシが視線を巡らせると、三人から離れたところでキヨラが光弾を回避しながら頭上を睨んでいた。


「何やっているんだ。危ないぞ!」


 キヨラは安心させるように頷き返しただけで、その言葉は別の人物へと放たれる。


「ウタカさん、カンパネルラまでの道を作ってください」


「道……? あ、そういうことか。行けるよ!」


 ウタカがハネを操り、一定間隔で天へと上る階段のように配置した。


 キヨラは加護の勢いを利用して跳躍。ハネを足場として加護を使用しながら、次のハネへと飛び移っていく。


 思いがけない方法で翔け上がってくるキヨラの姿に面食らい、カンパネルラが息を呑んだようだった。ついにカンパネルラの高さへと到着し、キヨラが擦れ違いざまに斬撃を叩き込む。


「ぐあ!」


 カンパネルラに充分な打撃を与えたことが、その手応えから伝わる。だが、空中に身を置くキヨラはこのまま落下するしかない。


 それを防ぐのは、やはりウタカのハネだった。カンパネルラを球形の中心にするようにハネが展開し、足場を形成する。


 キヨラはハネに片足を着けると、再び加護を発動させて高速移動しつつ斬り込んだ。さらに別のハネから宙を走りながら切っ先を閃かせる。


 紅の烈風と化したキヨラが縦横無尽に宙を翔け、カンパネルラを斬りつけていく。空中であるため横だけでなく上下移動も加わり、カンパネルラは成す術もなく切り刻まれるだけである。


「クシズさん、お願いします!」


 叫びざま、キヨラが二刀をカンパネルラに叩きつけ、下方へと弾き飛ばす。

 勢いのまま回転しつつ降下するカンパネルラが向かうのは、クシズの日傘だった。


「お願いってなんのことー? ……ぐえッ」


 日傘のせいで上空が見えないクシズが、カンパネルラの衝突による負荷で呻き声を漏らす。カンパネルラの小柄な五体は、日傘に弾かれて再び空中へと舞い上がった。


「ウタカさん、追撃を!」


「お任せあれー!」


 蓄積した肉体への損傷に加えて急激な上下運動のせいか、カンパネルラは身体の制御を失っている。中空で身を躍らせているカンパネルラをウタカの水色の瞳、そしてその背中に戻っていたハネが照準していた。


 ウタカの延長された金色の頭髪が粒子となってハネへと注ぎ込まれていく。鮮烈な光を帯びたハネの先端から十本の黄色い光条が射出され、カンパネルラへと一点に集約された。


 眩い光の柱が直撃したカンパネルラを中心に爆光が炸裂し、その姿を飲み込む。

その場にいる者の視野に余韻を残す閃光が収まると、身体各所の亀裂から粒子を零すカンパネルラが現れる。


 連撃は着実にカンパネルラへ損傷を与えているようであり、ハルトシはその瞳に希望を込めて仲間たちの戦いを見詰める。


「クシズさん、私のこともお願いします」


「え? キヨラさん、だからお願いってー……ぐえッ」


 落下していたキヨラが日傘を足場にして跳躍、カンパネルラへ肉薄する。


「カンパネルラ、これで終わりです!」


 キヨラが二振りの小太刀をカンパネルラに突き込む。鮮紅色の切っ先にその身を貫かれ、カンパネルラが苦鳴を響かせた。


 キヨラが小太刀に全ての〈ハナビラ〉を集中させる。刃が光を帯び始め、破壊の力を解放するときを待つように煌々と輝いていた。


「黙って攻撃を受けるわけがないだろう!」


 怒号を放ってカンパネルラが掌を向けようとするが、飛来したウタカのハネがその動きを阻害する。痛恨の表情を浮かべたカンパネルラと対照的に、キヨラは誇らしげな笑みを結んだ。


「私には仲間がいます。一人で戦うあなたには負けません!」


 その言葉とともに小太刀から紅の閃光が放出され、カンパネルラを内部から蹂躙する。カンパネルラの口腔や眼窩から光が溢れ、四方へと飛び散った。


 光が消えた後はカンパネルラの全身から硝煙が噴き出る。そのまま支えを失った両者は、小太刀で繋がったまま落下した。


「クシズちゃん、早く受け止めに行って!」


「は、はいー!」


 二人が駆け出した後ろで、ハルトシは焦燥を面に宿していた。


「あれは、まだだ……」


 二人の落下速度が緩やかになる。カンパネルラが力を取り戻したのだ。

 傷口を修復しながら、カンパネルラが憎悪に濡れた瞳でキヨラを射抜く。


「君は力を使い果たしたようじゃないか。これで終わりだね」


「いえ、私にはまだ仲間がいます」


 そう言ったキヨラは後ろを振り返る。


 突如、キヨラの身体から〈ハナビラ〉が舞い散る。キヨラの期待通り、ずっとミチフユは視線を送り続けていたのだ。

 再度開花したキヨラの小太刀に紅の光が蘇り、カンパネルラが息を呑んだ。


「もう一度、耐えられるか見物ですね」


「止めろ……!」


 カンパネルラの絶叫が衝撃に掻き消される。


 破壊の光が解放され、空中に紅色の大輪となって咲き誇った。瞬時の花が霞となって虚空に溶け込むと、そこに残されたのは満身創痍となったカンパネルラだけであった。


 傷口が広がったことで小太刀が自然と抜け、キヨラが宙に投げ出される。

 その落下地点で待ち受けていたクシズが日傘で衝撃を緩和、弾んだキヨラをハルトシとウタカが受け止めた。


「助かりました」


「凄いよ、キヨラちゃん。カンパネルラを斃すなんて」


「私の力だけではありません。ウタカさんとクシズさんがいてくれたからです」


「ああ、あいつはもう終わりだ」


 ハルトシが視線を上空に向ける。


 カンパネルラは辛うじて浮かんでいるが、その肉体から爆ぜるように黒い塵が噴き出している。カンパネルラの唇が震えながらも言葉を押し出した。


「我輩が、たかが三人の人類に敗、れるなど……」


 その呟きがカンパネルラの最期となった。浮力を失ったカンパネルラの肉体が降下し、地面に叩きつけられると同時に爆発を引き起こす。


 黒き爆炎とともに漆黒の〈ハナビラ〉が舞い上がったのが、カンパネルラの冥府への道を彩る餞となった。


 カンパネルラの残骸となった〈ハナビラ〉がガルガンチュアの口へと吸い込まれていき、〈禍大喰〉が存在した痕跡は無くなる。


〈禍大喰〉の素体となっていた凝縮された〈ハナビラ〉を摂取したせいか、ガルガンチュアの左前脚の損傷が急速に修復されていく。


 立ち上がったガルガンチュアが前進を開始、喰禍の群れが少なくなって態勢を整えていた〈花の戦団〉へと迫った。そしてその後ろには、多くの市民が居住するヒカリヨが位置している。


「残るはガルガンチュアだけだ。みんな、もう一息だ」


 ハルトシの呼びかけに三人は頷き返した。

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