第4話 〈剣結士〉キヨラと〈禍大喰〉カンパネルラの戦い
「メネラオスめ……、最後に余計なことをしてくれるね」
忌々しく呟くカンパネルラに、対照的なサカキの静かな声が返される。
「ガルガンチュアが損傷してしまった。修復を施さねばならないが、先ほどの攻撃に力を使い過ぎて〈ハナビラ〉が足りないようだ」
「この期に及んでも落ち着ているのは頼もしいね、サカキ。……我輩の眷属を〈ハナビラ〉に還元して使うといい」
「すまないが、時間稼ぎを頼む」
カンパネルラは、腰までガルガンチュアに同化しているサカキを見下ろす。
「我輩が手を出すとなると、少なくともこの場にいる人類は皆殺しにする必要がある。我輩は穏健派であるから、人類を攻撃する姿を目撃されるのは好ましくないのでね」
「ヒカリヨ市民を残してくれるならば、仕方がない」
「それでは任されようかね」
カンパネルラがその口元を毒々しい笑みで飾ると、その全身が霧に包まれた。カンパネルラが黒い粒子の尾を引いて跳び上がり、空中を飛翔して戦場を縦断する。
その眼下では眷属である喰禍が〈ハナビラ〉に還元され、淡い光となってガルガンチュアの口に吸い込まれていく光景が広がっていた。
それを過ぎると、ガルガンチュアの猛攻が止んで態勢を整えつつある〈花の戦団〉の隊列が位置していた。
カンパネルラがその場で浮遊し、両手を下方に向けて光弾を射出する。発射された二発の灰色の光弾は宙で分裂し、幾筋もの軌道を描いて大地に爆発を閃かせた。
地上からも多数の光条が空を駆け上がってくるが、軽やかに宙を泳ぐカンパネルラには掠りもしない。
冷笑を浮かべるカンパネルラが、さらに死をもたらす光を地へ降らせる。
「カンパネルラが動き出しました!」
キヨラの言葉に三人が見上げると、カンパネルラが空を飛んで戦団を爆撃し始めているところだった。戦団からも反撃が放たれているが、有効打を与えることはできないでいる。
「もう戦団には余裕は無いぞ。どうすれば……?」
「待って。ウタカが思うに、ガルガンチュアが喰禍を〈ハナビラ〉にして吸収しているってことは、余力が無いってことだよね?」
「今のうちにカンパネルラさんを引きつけて、戦団を助けないとー」
どうにか立ち直ったクシズが、双眸を赤くしながら言い放つ。
そのとき、キヨラの横に巨大な矢が突き立った。一同がその矢が飛んできた方向を見やると、それはヒカリヨの外郭の一部から飛んできたと分かる。
「よかった。
「キヨラちゃん、本気? カンパネルラは二百年級の〈禍大喰〉だよ。〈花の戦団〉が総がかりで勝てるかどうかって相手なんだよ?」
「無論、本気です。ウタカさんは、まさか本気ではないのですか?」
キヨラがウタカに顔を向ける。ちょっと見つめ合った二人は、同時に微笑を浮かべた。
ウタカは背後のハネを展開し、その向き先を彼方に位置するカンパネルラへと照準。
「いつでも本気でいけますよーだ」
「お願いします」
その言葉を残して再びキヨラは加護を発動し、ガルガンチュアを駆け上がる。それに呼応してウタカがハネから光条を照射、十本の光の柱をカンパネルラに向けて解き放った。
宙を
「ふうむ。なるほどね」
振り返ったカンパネルラの瞳には、小賢しい人類がガルガンチュアを上る姿が映ったのだろう。急旋回してサカキの元へ急行し、指先から小粒の光弾を連射。
横合いから攻撃を受けたキヨラが慌てて撤退する。体勢を整えつつガルガンチュアの足元に降り、クシズの日傘に退避した。
「人類、誉めてやろうじゃないかね。カガミを倒し、メネラオスを懐柔し、君たちは数々の難関を乗り越えてここまで辿り着いたのだから」
「これ以上の狼藉は許しません!」
「ガルガンチュアが復活してしまえば、人類に勝ち目などあるはずは無いね」
歯噛みするキヨラを押しのけてウタカが進み出る。
「ガルガンチュアを再生させるには依代が必要だって話だよね? マリカちゃんがいなくなったのに、誰が依代になったっての?」
「ああ、カガミが志願してくれたよ」
「……カガミはサカキのために戦って傷ついたのに、それを犠牲にするなんて! やっぱり、ウタカはあなたと友達にはなれないみたいだね」
「それは残念だね」
カンパネルラが両手に光を溜める。その攻撃を解き放つ前に、クシズが声を張り上げた。
「いいんですかー? 強い攻撃を打てば、ガルガンチュアにも被害が出ますよー!」
「……そのようだ。それならば」
カンパネルラは地上に降り立ってキヨラたちに向き合う。
「君たちへの敬意を表すために、地に足を着けて戦ってあげようじゃないかね。ガルガンチュア再生に力を使ったとはいえ、人類など物の数ではない」
余裕の笑みを見せるカンパネルラを見据え、クシズ班が小声でやり取りする。
「何とかカンパネルラを攻撃できるようになりました。私が突撃するので、ウタカさんは援護してください」
「いいけど……。カンパネルラは二百八十歳の〈禍大喰〉だからね。気をつけて」
キヨラが頷き、加護を発現させてその身を紅の颶風と化さしめる。赤い閃光がカンパネルラへと肉薄し、その横手から刃を叩きつけた。
カンパネルラが掌でキヨラの一撃を受け止める。キヨラはすぐに反対側へと高速移動して斬撃を放ったが、その刃も難なく手で防がれてしまう。
「人類如きの刃が我輩に当たるものかね」
「くッ……!」
「次は我輩の力を見せてあげよう」
カンパネルラの全身から灰色の光が同心円状に広がる。咄嗟にキヨラは二刀で防ぐも、その波動に弾き飛ばされて大きく後退した。
立て続けにカンパネルラがクシズたちへと光弾を射出。その軌道上で幾筋にも分裂した光弾を見舞われ、クシズが慌てながら日傘で防御する。
光弾の小ささに比して大きな爆発が日傘を包み込んだ。爆風に翻弄される日傘を目にしてキヨラが息を呑む。
クシズの日傘は亀裂が入りながらも耐え抜き、キヨラが透明な手で胸を撫で下ろす。
「カンパネルラ、あなたを捨て置くわけにはゆきません! これ以上、私の仲間を傷つけられる前にあなたを斃します」
「人類一人で我輩を斃すとは面白い話じゃないかね。試してみるといい」
カンパネルラの挑発に乗ったようにキヨラが突撃。その身を颶風と化して肉薄すると、カンパネルラの左側から刃を叩きつける。
余裕を持ってカンパネルラが一刀を受け止め、続けざまに突きこまれた刃先も手の甲で弾いた。どれだけ小太刀を振るっても、キヨラの攻勢は完全に防がれている。
キヨラの猛攻が通じず、カンパネルラが嘲笑を浮かべた。ふと、カンパネルラの頬に切り傷が走り、黒い液体が流れでる。
怪訝な表情をしたカンパネルラへと休むことなくキヨラが斬撃を送り込んだ。右剣の斬り下ろしから左剣の刺突を繋げ、カンパネルラは辛うじて防ぐ。キヨラは身を沈めつつ右回転しながら右剣を振ると同時、加護を発動した。
刀を振りながら瞬間移動した一撃にはさすがにカンパネルラも反応できず、その胴体を深く斬り割かれている。離れた場所に転移したキヨラは、二刀の切っ先をカンパネルラへと向けて静止していた。
「カンパネルラ、私はあなたに負けることは無いと確信しました」
「一撃を与えただけでは、思い上がりにしか聞こえないね」
カンパネルラの傷口で灰色の粒子が蠢き、腹部に空いた切り傷は瞬く間に修復されていく。二百年級の〈禍大喰〉には、剣で受けた傷など無意味のようだ。
キヨラが疾駆してカンパネルラを間合いに捉える。キヨラが振るう小太刀を防ぐが、連続して突き込まれる刃先にカンパネルラの肌に幾筋もの傷が走った。
キヨラは斬撃の合間に加護による高速移動を織り交ぜ、急激な接近と離脱によってカンパネルラを翻弄している。
「なぜだ? なぜ我輩が、たかが十数年生きただけの人類に傷つけられるというのだ!」
カンパネルラが苛立ちの粒子を声に乗せて放った。キヨラは安全圏に退避して口を開く。
「確かに私の生きた年数はあなたに比べて微小なものでしょう。ですが、私の剣技は父親から習ったもの、父親はまたその父から習い、そうしてこの技術は連綿と続いてきたのです。たかが二百年やそこらのあなたに、破られるはずがありません!」
「言ってくれるじゃあないか」
キヨラは〈高潔なる迅き者〉を発現、その身を瞬転させる。その切っ先が届く寸前、カンパネルラから同心円状に衝撃波が放たれた。
小太刀を交差させて防いでも、その圧力がキヨラの肉体を宙に浮かせる。吹き飛ばされたキヨラが体勢を整えつつ足裏を地に着けたが、それでも滑走してようやく止まった。
「君たちが人類にしては手強いと認めてあげよう。こちらも手段は選ばないよ」
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