第五章 悪の徒花散らす花守

第1話 ガルガンチュアは血を欲す

「そろそろガルガンチュアの腹を満たしてやろうではないか」


 ガルガンチュアがマルカナ丘陵の頂に辿り着いたとき、サカキが口を開く。


 ガルガンチュアの前方の空洞から咆哮が響いた。それを皮切りにして、周囲の樹々や大地から大量の〈ハナビラ〉が噴出。光の奔流がガルガンチュアへと吸い込まれていく。


 桁違いのガルガンチュアの暴食ぶりに、〈ハナビラ〉の枯渇した大地や樹木が朽ち果てていく。樹々は生気に満ちていた葉を残らず落とし、黒ずんだ大地に生えていた雑草は瞬く間に色素が抜けて枯れていった。


 ガルガンチュアの通った後はそこだけ暗黒に舗装されていく。


 マルカナ丘陵に一筋の刷いたような黒い道を作りながら、ガルガンチュアはヒカリヨへと向かっていた。


 マルカナ丘陵の麓から離れた平原には、横一列に隊列を組んだ五十人ほどの人間たちがいた。その多くが女性であり、男性は僅かしかいない。


 その一群は〈花の戦団〉の〈花守〉であった。先日からのクシズ班からの報告を受けて警戒を強めていたところ、警備の兵からマルカナ丘陵に巨大な喰禍を発見したとの通報を受け、逸早く戦力を整えたのだ。


 マルカナ丘陵を踏破したガルガンチュアが平原に降り立つ。そのときを狙って隊列から色彩豊かな光弾、光条が横向きの驟雨と化してガルガンチュアに殺到した。


 ガルガンチュアはその場で足を止めて待ち受けている。向かってきた光撃の群れは、ガルガンチュアの手前で〈ハナビラ〉に還元されると、その口へと吸い込まれていった。


〈花の戦団〉から無音の動揺がサカキへと伝わる。


「素晴らしい!」


「人類の加護は〈ハナビラ〉をその根源にしているからね。悪食なガルガンチュアにとっては、ただのオヤツに過ぎない」


 歓喜に打ち震えて両手を広げるサカキの横で、カンパネルラが冷温の笑いを浮かべる。


「サカキ、我輩の眷属を呼んでくれないかね。そういう約束だろう」


「うむ。十分な〈ハナビラ〉を蓄えたようだ。……ガルガンチュア!」


 サカキの呼び声に応じるようにガルガンチュアが鳴動する。その周囲に揺らめきが発生したとみると、その揺動する空間から喰禍たちが出現した。


 その膨大な数は目算でも数百体には上るだろう。岩魔や甲蟲などの下級喰禍ではあるが、その数は人類にとっての脅威であることに変わりはない。


「我輩の眷属よ! 喰禍と人類の共存のため、人類を間引きするのだ」


 喰禍の大群が〈花の戦団〉へと突撃していく。誇り高い〈花守〉はその戦力差にも怯むことなく喰禍を迎え撃った。


 両者が激突して眩い爆発や轟音が戦場を席巻する。しばしの戦闘を経た後、〈花守〉は少しずつ後退していった。


「全知性類会議の前にメネラオスと別れ、各地に眷属を出現させた甲斐があったね」


「うむ。そのおかげで〈花の戦団〉の戦力が分散され、事が運びやすくなった」


「だが、思ったよりも抵抗してくれるね」


「さすがに私の古巣だけあって、端倪すべからざる実力だ。少し様子を見ようではないか」


 サカキの言葉に従い、ガルガンチュアはその場に静止する。





「何ということを!」


 キヨラが上擦った声を口唇から押し出した。


 一同がマルカナ丘陵の麓まで辿り着いたとき、太陽は中天を過ぎていた。ガルガンチュアは立ち止まり、その周りを囲む喰禍に〈花守〉たちを襲撃させている。


 その数たるや、草原を埋め尽くして黒い波濤となり、キヨラの同僚を飲み込もうとしているのだ。キヨラとて平静でいられるはずがない。


「ハルトシ、どうすればいいのでしょう?」


「落ち着くんだ。幸い、向こうは俺たちに気付いていない。今のうちにサカキを拘束して、攻撃を止めさせることができればいいんだけどな」


「ウタカが思うに、サカキの傍にはカンパネルラがいるし、ガルガンチュアの上部に上る手段だって無いんだよ。まずはそこから考えないとさ」


 ウタカの指摘にハルトシたちは口を噤む。キヨラはガルガンチュアへと視線を注ぎつつ苦々しげに呟いた。


「私だけならば、加護であの体表を駆け上がることもできるのですが……。カンパネルラが邪魔ですね」


「……分かったー。カンパネルラさんから、わたしたちの方に来てもらえばいいんだよー」


 その発言を聞いた三色の瞳が自身に注がれることに気付き、クシズが狼狽えたように日傘を揺らす。


「ど、どうしたのー?」


「いえ、クシズさんの言う通りだと思います。多分、熱は無さそうですし」


「ああ、誘き出して他の〈花守〉と協力すれば、カンパネルラをサカキから引き離せるかもしれない。とにかくやってみよう!」


 息巻く二人キヨラとハルトシにウタカが問いを投げかける。


「そのカンパネルラを誘き出す方法ってのを考えてないよね?」


 キヨラが腰の小太刀を抜き放ちながら応じる。


「無論、突撃あるのみです」


「うそぉん……。つってもさ、それしかないんだよね」


「そうよー! ちゃんとここで見守っているから、二人とも頑張ってー!」


「クシズちゃんもウタカたちと行くんだよ」


「やっぱしー……」


 三人のやりとりを目にしてハルトシが微笑を誘われた。


 この三人と一緒なら、きっと何とかなるかもしれないという、無根拠ながら確かな希望が胸に湧き上がってくる。


「私が先にゆきます! クシズさん、ハルトシをお願いしますね」


「はいー!」


 覚悟を決めた四人が目を見交わし合う。


 先頭を切るのはキヨラ。その背に続いて三人が駆け出した。


 黒ずんだ大地を踏むと、乾燥した感触とともに暗黒色の粒子が足元で舞う。その足音を聞きつけて、喰禍がキヨラたちを視線で捕捉した。


「気付かれました。ゆきます!」


 キヨラの四肢が紅の颶風と化し、その一瞬後には岩魔の一体を灰塵へと帰さしめている。瞬時に位置を転移したキヨラに気後れするように、岩魔の群れが慌てて遠ざかった。


 喰禍で象られた円の中央に立つキヨラが二振りの小太刀を振り被り、高らかに言い放つ。


「逃がしはしませんよ」


 加護である〈高潔なる迅き者〉を発現させ、超速移動しながらキヨラが敵を屠っていく。


「キヨラ、あまり飛ばすなよ。補給したとはいえ、俺の〈ハナビラ〉も限りがあるんだ」


「しょうがないよ、ハル君。敵が多すぎてキヨラちゃんに減らしてもらわないと、二人を守り切れないもん」


 クシズに守られるハルトシが口を閉じる。キヨラが喰禍を引き付けてくれているが、打ち漏らした岩魔がこちらに襲いかかってきている。


 危なげなくウタカが返り討ちにしているものの、囲まれたら岩魔といえども危険な数である。


「とにかく敵を減らして戦団と合流しないと……」


 焦燥も露わにキヨラが呟く。どれだけ斬っても喰禍が減っているようには見えない。雲霞のように自身を包囲する喰禍を目にし、仲間と分断される危惧を抱いた。


「キヨラちゃん、伏せて!」


 その声に応じ、キヨラがその場にしゃがみ込む。


 キヨラの頭上にウタカのハネが飛来し、先端を外側に並べて結合。そのハネから全方位に小粒の光弾が高速連射され、周囲の岩魔を薙ぎ倒した。


 加護である〈明朗の羽は軽やかに〉を使いこなすウタカのおかげで、難を逃れたキヨラが逃げ戻る。


「助かりました、ウタカさん……!」


「いーえー。それよりカンパネルラを誘き出すどころか、喰禍の相手で手一杯だよ」


「どうにかして活路を開いて見せます」


 キヨラが迫りくる喰禍の群団に切っ先を向けたとき、喰禍たちの一角で爆発が起こった。


 喰禍の群れのなかで凄まじい爆炎が立ち上り、一度に十体ほどの岩魔が爆散。爆発に舞い上がった数体の岩魔も地面に叩きつけられると、その末端から黒き塵芥となって消えていく。


「何だ、あの爆発は⁉」


 動揺するハルトシと対照的に、珍しくキヨラはその面に喜色を浮かべる。


「よかった……! 私たちには、まだ仲間がいます!」

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