第4話 風が吹いて花は散る
苦戦するキヨラの姿に固唾を飲んでいたハルトシが、もう一方の戦いの音に気付き、そちらへと目を向ける。
「いっくよー!」
ウタカが後背に並列させたハネから無数の光弾を射出する。
光弾の群れが棒立ちのメネラオスを直撃。連続する爆光がメネラオスの巨体を押し隠す。
「どうだー!」
両手で握り拳を作るウタカが声を上げた。
だが、ウタカの期待は脆くも崩れる。
光と白煙のなかから無傷のメネラオスが姿を現したのだ。〈光の民〉の人間の形態は能力で変身した姿のため、その衣服にすら損傷がない。
「さすがに〈光の民〉が相手じゃ効かないか……」
「無駄だ、人類。二人だけで〈光の民〉に勝てると思うか」
ウタカは気をとり直してメネラオスに向き合う。
「次はもっと痛いからね!」
ウタカが高らかに宣言すると同時、メネラオスを指差した。ウタカの背後に浮かぶハネが意思を持つように飛び立ち、メネラオスを包囲するように宙に散開する。
「やっちゃえ!」
ウタカの号令に応じ、ハネが空中を飛び回りながらメネラオスへと光弾を連射。至近距離から放たれる光撃の奔流にメネラオスの全身が晒される。
「これなら……」
「これなら、どうだというのだ?」
黄色い爆光の中心部から衝撃が放たれ、爆風ごとハネが吹き飛ばされる。同心円状に広がった衝撃波が土埃を巻き起こし、クシズとウタカの肌を打ち据えた。
宙を旋回して戻ったハネを背中に並べたウタカの前で
「今度はこちらが攻撃させてもらう」
メネラオスが人差し指を
「うわわ、来るよ、クシズちゃん!」
「いーやー!」
泣きながらも日傘を傾け、クシズがウタカを庇う。
メネラオスの指先から青い光弾が放たれ、クシズの日傘を直撃。眩い爆発が白昼の陽光を押しやり、一瞬だけ周囲を青い光で染め上げた。
その一撃でクシズの日傘が半壊、二人は爆風に弾き飛ばされて地に叩きつけられる。
「イタタ……、クシズちゃん、大丈夫?」
「うー、死ぬー……」
「よかった、まだ生きてた。それにしても、開花したクシズちゃんの日傘を一発でぶっ壊すなんて、強すぎるよ」
クシズは涙目になりながら日傘の修復にかかる。
壊れたのは〈ハナビラ〉により拡張された日傘の部分であり、種子である本体の日傘が無事ならば修復が可能なのだ。
「メネラオス、ウタカの攻撃をわざと受けたり、今みたいに手抜きの攻撃をしたり、なんのつもりなの?」
「死に行く者への礼儀だ。少しは抵抗できれば諦めがつくかと思った」
いつも朗らかなウタカの瞳が悔しさに険を増す。
「だが、それもここまでだ」
メネラオスの宣告とともにその指先が複数の光弾を射出。傷ついた二人へと殺到する。
クシズが進み出ようとするが、ウタカがその腕を引っ掴んで後方に駆け出した。
クシズとウタカの後方で爆発が連鎖し、その爆風に二人の姿が巻き込まれる。立ち上る噴煙のなかから二つの人影が投げ出された。
ウタカは地面を転がってうつ伏せに倒れる。失神しているのか目を閉じたまま動かない。
クシズも日傘を握ったまま横向きに倒れている。日傘はすでに開花が解除され、元の大きさに戻っていた。
メネラオスが再び指先に光を生成する。しかし、葛藤するようにその手が震え、倒れる二人の少女を眺めるだけだった。
ふと、クシズが身を起こした。衣服は土に塗れ、その白い肌には無数の擦過傷がついている。
クシズは足を引きずって歩き、ウタカを庇うように日傘を掲げた。
「人類、無駄なことをするな。寝ていた方が楽に……」
クシズの瞳は焦点が合っておらず、虚空を見詰めたまま攻撃を防ごうと待ち受ける。
メネラオスは一撃を放てずにクシズと睨み合った。
「ま、まずい!」
クシズとウタカの危機を目にしたハルトシが、駆け出しながら声を張り上げる。
「キヨラ! 二人が危ない!」
その言葉がキヨラの耳朶を打ち、思わず振り向く。
「仲間のことが気になる? キヨラさん」
マリカの声が近くで聞こえ、咄嗟に振り向いたときには遅かった。
マリカの袖口から伸びた金糸がキヨラの肉体に食らいつく。その衝撃で錐もみ状に回転しながら、小太刀を手放したキヨラが吹き飛ばされた。
地面に背中を打ちつけたキヨラが滑走し、ようやくウタカの近くで止まった。
開花して衣装を包んでいた〈ハナビラ〉により肉体への損傷は少なかったが、頭を打って意識が朦朧としているようだ。
「キヨラ⁉ クソ!」
ハルトシがキヨラとウタカの脇にひざまずく。
「メネラオスさん、トドメは私が!」
マリカの全身から伸びた金糸が放射状に広がったと思うと、弧を描くようにハルトシたちを押し包む。
「マリカ、もう止めてくれ!」
ハルトシが三人を庇うように両手を広げて立ち塞がった。
マリカは寸毫も表情を変えずに糸を操る。
ハルトシたちの立つ地面に無数の糸が突き立ち、その高速振動によって大地を爆砕。
宙に噴き上がった土煙にハルトシたちの姿が隠され、砕けた地面が陥没する。
メネラオスの指先の光弾が消失し、巨体はゆっくりと後退した。
土煙が消えると、ハルトシたちがいた場所には大穴が空き、土と岩が穴を埋めている。
「邪魔者は排除しました。そうですよね、メネラオスさん」
「確かに、見届けた」
大穴の縁に立つマリカの静かに問いかけに応じ、メネラオスは踵を返して歩き出す。
マリカは沈んだ視線を大穴に注いでいたが、軽く息を吐いてメネラオスの後に続いた。
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