第3話 マリカの求める真実

「みんな、今の俺たちじゃ、あいつらに勝てない。どうにか逃げて応援を呼ぶんだ」


「どうやら、それしかなさそうですね」


 キヨラが両手で小太刀を抜き放つが、いつもの端然とした風情に欠けていた。


「とにかく開花するんだ」


 ハルトシが手早く三人の手に接吻する。さすがにウタカもふざけることはしなかった。


 三人が開花し、その本気の姿をサカキたちに披露する。


 キヨラの小太刀の刀身が赤い煌めきで延長。その衣装には線が走って光が脈動する。


 クシズの日傘が巨大化。全方位からの攻撃を完全に防ぐ、歩く鉄壁拠点と化す。


 ウタカの髪が金色に輝いて足首まで伸び、その背には十枚のハネが並んでいた。


 舞い散る〈ハナビラ〉のなかで三人が戦闘態勢をとる。


「マリカ、君も……」


「君たち四人では、勝つことは不可能だ」


 マリカを促すハルトシの言葉を遮り、サカキが言い放つ。


 キヨラたち三人も信じがたい事実を察知したのかハルトシを、いや、その後ろに位置するマリカを見やっている。


 ふと、マリカが歩き出し、四人の間を擦り抜けてサカキの元へと向かう。


「ごめんね、クシズ。私はサカキさんのために戦う」


「どうしてー⁉」


「〈花の戦団〉を私が訪れた日、偶然ながらマリカ君に出会ったのだ。その表情を見ただけで、彼女のなかにある悲しみが分かった。私ならば、マリカ君を救うことができるのでね。その機を逃さず仲間に誘ったのだよ」


 サカキの横に着いたマリカは、ハルトシたちと対峙するように振り返った。


「クシズ、〈花の戦団〉はひどいと思わない? 〈プラツァーニ戦役〉で四番隊をあんな激戦地に送り込んで」


「それはー……」


「私の班は前衛守護型タンクが私一人、あれじゃ、二人を守り切ることなんてできっこないよ」


 当時を思い出したのか、マリカの翡翠の瞳が翳りを帯びる。


「二人は〈花の戦団〉に殺されたの。この世界の方が間違っているのよ。サカキさんの言う真実の世界なら、あの二人もきっと……」


 マリカの声音には決然とした意志が宿っていた。


「やはり、昨日私たちを〈喰禍〉に襲われるように誘導したのですね」


「あそこで死んでいた方が、幸せに感じたかもね。キヨラさん」


 もはや会話は不要というようにマリカが口を閉ざす。


「それでは、この場は任せよう。親愛なるマリカ君」


 サカキに名前を呼ばれたマリカの肉体に〈ハナビラ〉が収束する。その瀟洒な衣装の刺繍が発光。金色の糸がその衣服から無数に伸びた。


「さて、たかが人類四人を相手に我輩が出る必要は無いだろう。サカキ、我輩は先に行かせてもらおうかね」


「ふむ。しかし、マリカ君一人では大変だろう」


「あたしがいるだろ?」


 カガミが不敵に笑うが、サカキの返事は素気ない。


「カガミには私を守ってもらわねばならない」


「ちぇー」


「そういうわけだ。メネラオス君、君が私の仲間であることを証明してもらおう」


 これまで沈黙を守っていたメネラオスがサカキを一瞥し、静かに一歩を踏み出した。


「ははは! さようなら、ハルトシ君、君達にも真実の世界を見せたかったよ」


 哄笑しながらサカキが歩み出し、カガミとカンパネルラがその背に続いていく。


 立ち去る三人を守るように、少女マリカ巨人メネラオスが立ち塞がった。


「メネラオスさん、〈護療士クシズ〉と〈軽砲士ウタカ〉に組まれると私では手が出ません。接近戦専門キヨラさんは私が相手になりますから、あの二人をお願いします」


「分かった」


 素直に頷いたメネラオスが前進を開始。


「ウタカたちをご指名だって、クシズちゃん! 行くよ!」


「ひえぇー、本当にやるつもりー?」


 ウタカが半泣きのクシズを伴ってメネラオスを迎え撃つ。


 キヨラが心配そうにその後姿を見送っていると、風を切る鋭い音が急接近。小太刀を振り払ったキヨラの目前で火花が散る。両目を細めたキヨラの視野に、金色の糸が意思を持つようにマリカの袖口へと戻る光景が映った。


「キヨラさん、見ている相手が違うわ」


「私の刃が向く相手も違うと思っていますが」


「御託はいいの。あなたには死んでもらわなくちゃ」


 そう言ったマリカの周囲で揺らめく金糸が、一斉にキヨラへと走った。


 キヨラが加護を発動して回避。一瞬前までキヨラがいた地点に金糸の群れが食らいつき、地面を粉砕して土煙を上げる。


「斬るなら簡単、というわけには……!」


 マリカへ刃を向けることに戸惑うキヨラへと、幾筋もの金色の糸が走った。


「みんな! 隙を突いて逃げることが先決だからな!」


 声をかけることしかできないハルトシは、自身の無力を痛感していた。


「逃がさないわ。キヨラさん」


 マリカの声に呼応し、数条の金糸がキヨラを急襲。


〈高潔なる迅き者〉を駆使するキヨラが金色の線の間を舞う。直撃を避けたキヨラはマリカの側面で立ち止まった。


「マリカさん、私たちに敵対し合う理由は無いはずです」


「余裕ぶらない方がいいよ。私だって、まだ本気じゃないから」


 マリカが両掌を広げてキヨラに向ける。マリカの袖口から伸びる金糸が扇状に広がり、キヨラを包囲するように突き進んだ。


 躱すには前進するしかなく、キヨラはマリカへと突進。自身を押し包もうとする金糸の奔流の中心を抜け、マリカに肉薄する。


 マリカは糸を格子状に組み合わせて防御。キヨラが振った小太刀はその防壁に阻まれた。


 間近で睨み合う二人の戦乙女キヨラとマリカが、低く言葉を交わし合う。


「マリカさん、もう止めてください。サカキの考えは間違っています。それに協力する、あなたも間違って……」


「キヨラさん、私はあなたのことが嫌い。大嫌い……!」


「え?」


 その意味が分からずにキヨラの灰色の瞳が困惑して揺らめく。


「あなたは自分の力が万能だと思っている。だから、仲間のことを軽視している」


「そんなこと……」


「さっき、クシズたちの足が遅いから、あなたは一人でサカキさんを追ってきた。あなたを守ってくれる仲間の大切さも知らずに、仲間を見捨てたあなたは一人で……!」


 マリカの糾弾を受けたキヨラが視線を泳がせる。


「自分勝手なあなたキヨラを守るために、クシズとウタカがどれだけ苦労しているか知っているの?」


 キヨラが思わず面を伏せる。


 その隙を突いたマリカが糸を高速振動させ、キヨラを弾き飛ばした。キヨラが背中を大岩に打ちつけ、退路を断たれたところへ金糸が襲来。


 間一髪、加護を発現したキヨラが紅の影と化して糸を躱す。


 大岩に突き立った数条の金糸は、その高速振動による衝撃で大岩を内部から破壊。粉砕して崩れる大岩を目にし、キヨラが唇を引き結んだ。


「小太刀で防げばあの衝撃で弾かれてしまう……! 逃げ続けるしかないのですか……?」

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