第2話 お泊り会はおあずけ
ハルトシとクシズが合流した後、一行はシロガネ大聖堂へと向かった。
近くにある喫茶店に〈花の戦団〉の調査であると説明し、陣取った四人は監視を始めている。喫茶店の店外に並べられた円卓に座る四人は、朝からシロガネ大聖堂の正門を眺めていた。
シロガネ大聖堂には裏口や複数の出入り口があるが、四人ですべての門を監視するのは難しい。ただ、カンパネルラが外出するにはメネラオスが同行しなければならず、巨体のメネラオスが通れるのは正門だけなのだから問題は無いはずだった。
「カンパネルラたちは昼間から外出するでしょうか?」
好物であるローゼルとイヌバラの紅いお茶を飲みながらキヨラが言った。
「ウタカが思うに、外出することは無いんじゃないかな。カンパネルラとメネラオスが知性類会議中に、騒動を起こすっていうのは無いと思うんだよね」
暇そうに、茫洋とした瞳をシロガネ大聖堂へと注ぐウタカが口を開いた。
「何てったって、あそこには会議に出席する〈光の民〉が十体もいるんだよ? そんな無謀なことするわけないよ。あのカンパネルラが」
「俺もそう思うんだけど、向こうの目的が分からない以上は、監視するしかないんだよな」
ハルトシがそう言った途端、横から響いた音に驚いて首を竦める。
ハルトシが目を向けると、転寝していたクシズが卓上に突っ伏している。寝不足だったから、この静かな時間に耐えられなかったのだろう。
「あー、もう、クシズちゃんたら」
お茶を零さないように容器を遠ざけ、ウタカが甲斐甲斐しくクシズを世話する。椅子から落ちないようにクシズの姿勢を整え、ちゃんと日傘が差せるように固定した。
「緊張感が足りないのではないですか」
生真面目なキヨラが咎めるような響きを声音に乗せる。
任務中であるためハルトシは同意せざるを得ないが、クシズの安らかな寝顔を見ると責める気にはなれなかった。
「まあ、いいじゃないか。どうせ見ているだけなんだし。休暇のつもりで、ゆっくりしてもいいだろ」
キヨラは溜息を吐くことで呆れを表現したが、ハルトシの言葉を許容するように微苦笑する。
「まったく。それでは私もゆっくりさせてもらいますよ」
ウタカがキヨラとハルトシの顔に視線を往復させて首を捻る。
「なーんか、怪しい?」
ウタカの言葉を聞いた二人は慌ててシロガネ大聖堂に向き直った。
「何だって⁉」
「どこが怪しいのです!」
特に異変が起こっていないことに気付いた二人が、怪訝な表情でウタカを見返す。
「ウタカが怪しいって言ったのは別のことなんだけど。それよりさ、監視する意味はあるのかな」
「それを言ったらお終いだよ。俺だって意味があるのか分からないけどさ」
ハルトシとウタカが押し黙ると、キヨラが明るい声を放つ。
「よいではないですか。私たちの杞憂で済んだ方が平和です。もし、あの二人が事を起こしたら、私たちが対処すればよいだけのこと。何も難しいことはありません」
キヨラの割り切った思考に、ハルトシとウタカは懊悩の霧を吹き飛ばされた。
「そうだな。今できることをやるしかないか」
「やっぱりキヨラちゃんは問題の本質を見極めるのが上手いね。……クシズちゃんも少しは見習えば?」
ウタカが眠っているクシズの頭を指先で突くが、クシズが起きる気配はない。その光景にハルトシとキヨラは笑みを誘われた。
しばし穏やかな時間が過ぎる。眠りこけているクシズ以外の三人が雑談を交わしていると、ハルトシが声を上げた。
「あれ、サカキさんだな」
「どこに出かけるのでしょうか?」
「昼食じゃないか? そう言えば、昨日も昼食は外で食べたみたいだし、サカキさんもカンパネルラから目を離す時間があるんだな」
「あの様子では、異変は起こっていないようですね」
「うん。やっぱり今日も何事もなさそうだ」
ハルトシは腕を伸ばして背もたれに寄りかかる。
「でも、監視というからには夜も見張っていないといけないだろうな」
「そこまでする必要があるのですか?」
「むしろ、夜の方が見張っておかないといけないだろ。ま、俺がやるよ。近くの宿泊施設に泊まって、今夜だけ見張ればいいだけだ」
ハルトシだけに面倒を押しつけるのを承服しがたいキヨラは、眉根にシワを寄せた。一方、ウタカは冷静に指摘する。
「でもさー、ハル君だけだったら有事の際に役立たないよね。ウタカたちが一緒じゃないと意味ないと思うよ?」
「役に立たないは露骨過ぎるだろ。事実を指摘するときには、もっと分厚く歯に衣着せてだな」
「とにかくっ! ハル君にはウタカたちが必要なの! ということで、今夜はみんなでお泊り会だね!」
その大声にクシズが目を覚まし、寝ぼけ眼にウタカを映す。
「みんなは難しいんじゃないか。予算が出るかな?」
「楽しみだなー。部屋割りはどうしよっか? みんな同室にする? それとも二人ずつ分けちゃう? だとしたら、ハル君は誰と一緒がいい?」
「まだ決まったわけじゃないだろ」
「ねーえー、誰にする? ウタカがいい? それともキヨラちゃん? やっぱりウタカ?」
「ウタカー、わたしも選択肢に入れてー……」
クシズはそこで力尽きて再び双眸を閉じた。
「クシズちゃんは脱落したことだし、キヨラちゃんとウタカでジャンケンでもする?」
「わ、私はハルトシと一緒は嫌です」
キヨラの言葉は当然ではあるが、少し傷ついた様子でハルトシがキヨラを見やる。
「ということは、ウタカの不戦勝⁉ やったね、ハル君!」
「待て待て! 見張りについてはノギ隊長に確認してからだ」
不満そうなウタカの表情を黙殺し、ハルトシは咳払いしてから言葉を続ける。
「ちょうどいい時間だし、俺たちも昼食にしよう。ここで食べようか? 他の店にしようか?」
「それであれば、私は昨日の公園で食べたいです」
キヨラの言葉にウタカが同意する。
「ウタカもあの公園ならいいと思うな」
「まーた、持ち帰りの昼食か」
「美味しいからよいではないですか。ウタカさん、昨日の昼食を買ったお店はどこですか?」
「それならね、この通りを少し奥に行って右に曲がったところ。他の品もあったんだよ」
早くもウタカが立ち上がって先導し、キヨラがその後を追う。
「あ、ちょっと待ってくれよ」
ハルトシが慌てて精算を済ませると走り出す。
三人がクシズの存在を思い出したのは、購入した料理を抱えて公園を目指す途中で、泣きながらクシズが追いかけて来たときだった。
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