第6話 逢引きの予感?

 一同が〈花の戦団〉本部に帰還したとき、太陽は下がって朱色を帯び始めていた。


 ハルトシは今日の顛末をノギ課長に報告中だった。クシズとウタカは書類作成の手伝いをしているが、もっぱら書類を書くのはウタカであり、クシズは横で転寝しているだけだろう。


 キヨラは東棟中庭で自主鍛錬に勤しんでいた。


 東棟には屋内鍛錬場も敷設されているが、キヨラは中庭で訓練することを好んでいる。


 中庭にも訓練用の杭や射撃の的が並んでおり、キヨラはその杭に向けて剣を揮っていた。すでに一時間以上は経過しており、キヨラの額には珠の汗が浮いている。


「斬るなら簡単」


 太い杭へと斬撃を叩き込むキヨラが呟いた。その脳内で懐かしい声が語りかける。


『キヨラ、斬るだけなら簡単なんだ。でも、私たちのように剣を持つ者こそ、相手を斬らずに物事を解決する力が必要なのだと思う』


 両手の小太刀を斬りつけながらキヨラは独白する。


「父さん、私にはまだ分かりません……! その答えを教えてほしかった。いえ、もっと多くのことを……」


 キヨラが荒い息を吐く。周囲が薄暗くなっていることに気付いて小休止していると、背後から足音が近づいてきたので振り向いた。


「ハルトシですか。報告は終わったのですか?」


「ああ。結構長くなっちゃったけどな。ノギ課長は、面会で手がかりを得られなかったことは残念がっていたけど、想定内でもあったみたいだ」


 キヨラは頷くと、近くに置いた手荷物から手巾ハンカチを取り出して顔の汗を拭う。


 そのときになってハルトシはキヨラが汗を流し、その頬が上気していることに気がついたようだった。


「どうしたのです?」


 ハルトシの視線を自覚したのか、怪訝な面持ちでキヨラが問いかけた。


「いや、よく頑張っていると思っただけだよ。そう言えばクシズとウタカはどうした?」


「先ほど帰るということで食事を誘われました。今は訓練したい気分なので断りましたが」


 普段のキヨラならば当然の返答だとハルトシは思った。ここ数日のキヨラの付き合いの良さの方が気紛れに等しいのだ。


「さっきから変ですよ。どうかしましたか」


「何でもないよ。……これからキヨラはどうするんだ?」


「訓練も終わったので帰ろうかと思いますが」


「そっか。食事がまだだったら一緒に行かないか?」


 クシズとウタカが断られたのだから、社交辞令のつもりで言った。食事を共にするに足りる人物か値踏みするように、キヨラは目の前の男(ハルトシ)を見詰める。


 居心地の悪い数秒間が過ぎると、キヨラが口を開く。


「よいですよ」


「え、いいの?」


「汗をかいたので着替えてきます。東棟の玄関で待っていてください」


 手荷物を持って通路へと消えたキヨラの背を、ハルトシは呆然と見送り続けていた。





 キヨラと一緒に夜道を歩くハルトシは、あまり優秀でない脳を全力で稼働させていた。


 誘ってはみたが、キヨラの好みなど知らなかった。好きな食べ物は何か、嫌いなものはあるのか。いつもハルトシが行くような店は、女性を誘うには相応しい場所ではない気もする。


 考えることに没頭し、会話が疎かになるハルトシにキヨラは黙ってついてきている。


 すでに日は沈んで暗くなっており、道路の常夜灯に火が入って揺れる光が道を照らしている。ロウソクの明かりで朧げに浮かぶ人影のなかを二人は歩んでいた。


 擦れ違う男性はキヨラの美貌に目を奪われ、次にハルトシを見やると、「なぜこの程度の男が?」という疑問と嫉妬の感情がその瞳に上塗りされている。


 ふと、これまで無言だったキヨラがハルトシの肩に手を置いた。


「あの、ハルトシ……」


「あ、ごめん! お腹減ったよな⁉ えっとね、えっとね……!」


「こだわりが無いのであれば、私のよく行くお店で食事をしたいのですが」


「ああ、本当⁉ じゃ、そこにしよっか!」


 ハルトシは安堵し、先を歩き始めたキヨラの後を追った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る