第5話 新緑のなかでの反省会

「ちっくしょー。上手く言いくるめられちまったなー」


 歩を進めるハルトシがその声に悔しさを滲ませて呻いた。


「仕方がありませんよ。向こうの役者が上だったのです」


「しかし、せっかくの好機だったのに収穫無しとはな……」


 項垂れるハルトシにキヨラが並んで歩く。


 一同はシロガネ大聖堂を後にすると、知性類会議のために賑わっている大通りで休憩がてら、今後の行動について検討することにした。


 大通りはヒカリヨだけでなく、近隣都市から訪れた観光客によって盛況を極めている。石畳の踏み場もないほどの人波で、軒を並べる飲食店や露店は客で一杯だった。


「あながち収穫が無かったわけではありません。幾つか分かったことだってあります」


「本当か? 分かったっていうのは?」


「この人込みでは、ゆっくり会話もできません。休める場所を探しましょう」


「分かった。それにしても、クシズとウタカはどこに行ったんだ?」


「その休める場所を探してくれているようです」


 キヨラが首を巡らせると、それが目印にもなる日傘が近づいてくるところだった。両手で紙袋を抱えたウタカと、その白い顔をさらに青ざめさせているクシズが人垣を割って現れる。


「ごめんごめん。食べ物を買い込んでいたら遅くなっちゃってさ」


「はあ。それより、クシズさんが落ち込み状態になっているようですが?」


「そうなの。さっきね……、えーと、何だっけ、クシズちゃん?」


「はあー……、カラコロ島のポポロ族にはー、パンを食べながら犬に追いかけられている中年男性を見ると大凶だっていう伝承があるのー。もうわたしはお終いだわー……」


「よくそんなものを見かけましたね」


 キヨラが呆れていると、ウタカが明るい声を上げる。


「さ! そんなことより作戦会議できる場所を見つけたから、話はそこでしようよ」





 ウタカに案内された一同は、大通りから遠く離れた公園へと辿り着いた。


 林のなかに石畳の歩道が整備されており、揺れる木の葉の隙間から陽光が金色の柱となって地に注いでいる。遠方にはヒカリヨを縦断する河川から引いた池があり、揺れる水面が太陽を砕いて光を乱反射させていた。


 喧騒はそよ風と鳥の囀りに打ち消され、自然の音が静かな背景音となって心地いい。キヨラにとっては、人の多い街よりも落ち着ける場所のようだ。


 四人は公園の一角に設置されている東屋あずまやに陣取る。東屋は四本の柱と屋根だけの作りであり、木製の円卓と椅子で休憩するための場所だ。


「静かでよいですね。ここは」


「そうでしょー! しかも、他人に話を聞かれる心配も無いし、相談する場所としては穴場だよね。ここ見つけたのはウタカなんだよ、えっへん!」


「しかしなー。大通りには有名な店もあったのに、食事が持ち帰りのものじゃあな」


「よいではないですか。これなど新鮮でおいしいですよ」


 キヨラは卓上に並べられた食事のなかから、赤瓜の輪切りを摘まんで口に入れた。

赤瓜の輪切りには香草ハーブを混ぜたレモン風味のタレがかかっていて、ほどよい酸味が口内に広がる。


 キヨラが珍しく微笑を浮かべていることに気がつき、ハルトシは文句を言うのを止めにした。人付き合いの苦手なキヨラがみんなといて楽しそうにしているのなら、その気分に水を差す必要もないだろう。


 まあ、よく考えたら今朝の体調では食事などとれなかっただろうし、単に空腹を満たせて機嫌がいいのかもしれないが。


 ハルトシは雑談から本題へと話題を転じるため、意識して神妙な表情を作った。


「それでキヨラ、さっきの分かったことというのは何なんだ?」


 キヨラは好物であるローゼルハイビスカスイヌバラローズヒップのお茶で口を湿らせてから応じる。


「私にはメネラオスとカンパネルラが協力関係にあるように見えました。メネラオスが返答に窮していたとき、カンパネルラが助けたのがその証拠です」


「そう言われてみればそうだけど……」


「それにメネラオスは『友』と呼ばれた際に強く否定していました。良好ではない間柄であるはずなのに、庇い合うというのは何かの目的があるからだと考えられませんか」


 キヨラの言葉にハルトシが思い浮かぶ反論は無かった。


「……なるほどなあ。でもあの二人が協力関係だとして、何でメネラオスは〈喰禍〉と一緒にいたんだ? カンパネルラの言ったように本人と会話すれば済むじゃないか」


 その疑問にキヨラは応えられなかった。そこまではキヨラも洞察できていないようだ。


 キヨラの代わりに口を開いたのは、羊肉の塩漬けの薄切りを摘まんでいたウタカだった。


「そこはウタカも考えていたよ。言われっ放しじゃあ悔しいもんね」


 ウタカの緑がかった水色の瞳が向く先は、黙々と料理を口に運ぶクシズだった。


「クシズちゃんと二人で考えたんだよ。ま、クシズちゃんは途中から落ち込み状態に突入しちゃったけど」


「それで、ウタカとクシズが考えて答えは出たのか?」


「答えが出ていなかったら、こんなに自信なんて無いよ」


 ウタカは自信に満ちた笑みを浮かべる。さすがにカンパネルラに完封されたのは、生まれながらの才媛たる矜持を傷つけたようだった。


「カンパネルラが言ったように、なぜメネラオスは〈喰禍〉と密会していたのか。その理由は簡単、カンパネルラとメネラオスが別行動をとっていたから」


「別行動? 一緒にいたっていう二人の話が嘘だということか?」


「少なくともヒカリヨに入る前まではね。そうじゃないと、メネラオスの行動の説明がつかないもん」


 ウタカの主張は逆説的ではあるが、筋が通っているようにハルトシには思えた。


「そうだとして、あの二人が別行動していた理由は?」


「それはまだ分からないよ。でも、嫌な予感がする。〈光の民〉と〈禍大喰〉が組んで何かを企んでいるなんて」


〈光の民〉と〈喰禍〉は歴史的にも対立してきた関係であり、決して相容れることのできない存在だ。その両者が共謀するとすれば、その目的は何なのか。


 ハルトシがその想像の重さに口を噤んでいると、それまで黙って料理を口にするだけだったクシズが不意に声を発した。


「ねえ、ウタカー。マジメな話をしているときって、わたしって影が薄くなりがちよねー……」


「そりゃー、クシズちゃんがマジメな話をしてくれないからだよ」


「それじゃあー、ちょっとマジメな話をしてみたいんだけどー」


 クシズはウスベニアオイ茶マロウブルーの入った容器を手にしていた。容器は細い木の枠組みの上に、熱を通しづらいパピオラという葉を乾燥させた材料を巻いて作られており、使い捨てのものだ。


「メネラオスさんがカンパネルラさんと何か企んでいるというのをー、他の〈光の民〉は知っているのかなー?」


「え? そういえば考えていなかったね」


 ウタカが考え込むように首を捻っていると、直感はウタカを上回ることの多いキヨラがその疑問に応じる。


「普通に考えれば、〈光の民〉が〈喰禍〉と協力関係になることなど選ばないはずです。恐らくはメネラオスの独断なのではないでしょうか」


「うんー。キヨラさん、わたしもそう思うのー。サカキさんがメネラオスさんについて言ったことを覚えているー?」


「サカキさんが言ったこと、ですか?」


 キヨラは記憶を遡るように双眸を細めた。


「メネラオスが実直な人柄であること、後は……弱いだったでしょうか?」


「そうー。わたしー、それが気になっていたのー。メネラオスさんが〈光の民〉の仲間から蔑まれているようだって、サカキさんは言っていたでしょうー?」


「確か、そうでしたね」


「そういう人ってー、自分の力で周りを見返したいって思うんじゃないかなー。メネラオスさんは悪い人じゃないんだけど、カンパネルラさんに騙されて協力していると思うのー」


 クシズの主観が入ってはいるが、ハルトシが目にしたメネラオスの印象とはそう離れていない結論でもある。


 三人の目が自身を見ていることに気付いたクシズが、その視線に怪訝の糸を絡ませて見返す。


「どうしたのー、みんなー?」


 いきなりウタカがクシズの額に手を当て、自身の額にも掌を当てた。


「クシズちゃんは平熱、平熱!」


「つまり、クシズさんには何ら異常は見られないのに、まともなことを言っていると……」


「まさか、こんなことがあるなんてな。天変地異が起こらないといいけど」


「ちょっとー、ひどすぎじゃないー?」


 クシズが眉根を寄せて抗議する。普段から思考することはウタカに任せているクシズが珍しく頭を使っているため、その驚愕たるやハルトシたちを動揺させるには充分だった。


「いやあ、ごめん。でも、クシズの気付いたことは重要なことだよ」


「そう言ってもらえると嬉しいですー」


 ハルトシは頷いて三人を見渡す。


「とにかくサカキさんが協力してくれることになってよかった。サカキさんもメネラオスについては注意してくれると言ってくれているし、有用な情報が得られるかもしれない」


「それはそうですが、これから私たちはどう動きましょう?」


「ノギ隊長に判断を仰ぐしかないだろうな」


「ウタカたちにできることは、せいぜいカンパネルラたちを監視するくらいしかないのかもしれないね」


「そうだな。とりあえず本部に帰投しよう」


 ハルトシの提案に反対する者はいなかった。


 しばしの間、新緑のなかで休憩を経た四人は後片付けを終えると、〈花の戦団〉本部への帰路を歩き始めた。

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