第4話 花守とカンパネルラの舌戦
「〈花の戦団〉三番隊所属のハルトシ・トーダと申します。この度は、メネラオスさんにお話を聞きたくて参りしました」
「こちらには身に覚えがないが、伺おう」
メネラオスは伏せた目線をそのままに応じた。
「昨日、ヒカリヨの東の森で俺たちと会ったはずです。あなたは、そこで〈喰禍〉と一緒にいましたね」
「知らない。あなた方とは初めて会った」
「そんなことはないでしょう。あのとき、あなたは慌てた様子で去っていきました。俺の他にも三人が見ているんですよ」
「知らないと言っている。昨日の昼頃はカンパネルラの監視をしていた」
にべもないメネラオスの返答を受けハルトシが閉口した。それと入れ替わるように、キヨラが朱唇を開いて疑問を発する。
「なぜ、私たちと出会ったのが昼間だと知っているのです」
「あ、そうだそうだ! 俺たちと会った時間までは言っていないぞ!」
キヨラの指摘に便乗したハルトシが声を張り上げる。
メネラオスは下手な言い訳よりも沈黙を選んだ。その眉根を寄せて、大きな口を真一文字に引き結んでいる。
「昨日ならメネラオスは我輩とずっと一緒だったがね」
助け船を出すようにカンパネルラが横から口を挟んだ。自然と一同の視線がカンパネルラに集まる。
「改めて挨拶させてもらうが、我輩はカンパネルラ。齢は二百八十歳にして今年の秩序派代表として全知性類会議に参加している」
「よ、よろしくお願いします」
初めて〈禍大喰〉と言葉を交わすハルトシの声は緊張で硬い。それと異なる緊張を帯びたのはキヨラだった。
「二百八十……。三百に近いですね」
「さっきー、ウタカが言った説明だとー、長生きしている〈禍大喰〉の方が強いってことだったよねー」
「はい。カンパネルラは、三百歳に近い実力を備えていると考えた方がよいですね」
カンパネルラの評価を上方修正する囁きを背中で聞きながら、ハルトシはカンパネルラへと視線を据える。
「あなたとメネラオスさんはずっと一緒にいたんですか」
「そうとも。友であるメネラオスと我輩は片時も離れてはいないね」
「止めろ、カンパネルラ。友などではない」
メネラオスが思わず語気を荒げるが、自制するように大きく息を吐いた。
そこへ臆することなく進み出たのはウタカだ。
「ずっと一緒にいたということですけど、カンパネルラさんがこのヒカリヨに到着したのは昨日の夕方ですよね。その前も同行していたんですか?」
「そうだ、言ってやれ、ウタカ」
頼りないハルトシの言葉を背中に浴びてウタカは肩を落としたが、とにかくクシズ班唯一の知性派としてカンパネルラに舌戦を挑む。
「我輩とメネラオスが同行するようになったのは二日前からでね」
「そうなんですか?」
「我輩ら〈禍大喰〉は人類の生活圏に単独で出現することは、知性類条約で許されていないからね。〈秩序派〉の我輩といえどもそれは同じ。そのため、人類の居住区から離れた地域で監視役のメネラオスと合流し、そこから移動したのだよ」
「へ、へえ」
「我輩たちはそれから二日間も同道している。離れたことなど無いね。ヒカリヨの近郊からはサカキも合流しているし、彼も同じように語るだろうね」
ウタカは数秒間を黙考し、反論を放った。
「もし、あなたとメネラオスさんが口裏を合わせていたら、どうなるんですか?」
決定的な質問だと、ハルトシたちは息を呑んだ。一方、カンパネルラは意に介さずウタカを横目で見やる。
「ほほう。それは考えられることだ。だがね、メネラオスは〈喰禍〉と同じ場にいたと嫌疑をかけられているのだろう。〈喰禍〉に用事があるのだったら、すぐ隣にいる我輩に声をかける方が自然ではないかね?」
「ですよねー……」
ウタカは亜麻色の髪に手をやり、愛想笑いしながら後退する。クシズの後ろまで下がり、行き過ぎて壁に後頭部を打ちつけ、「イテッ」と言った後は黙り込んだ。
ウタカが撃沈したとあっては、これ以上ハルトシたちにメネラオスを問い詰める手立ては残されていない。
ハルトシたちの沈黙が、この場での敗北を雄弁に語るようであった。
カンパネルラが勝者の笑みを浮かべて口を開く。
「他に聞きたいことが無いようだったら、引き揚げてもらいたいね。我輩たちも、この休憩の後には会議の続きがあるのでね」
「……お時間をとらせてすみません。ですが、また聞きたいことがあったら、そのときはよろしくお願いします」
カンパネルラは応えず、ハルトシたちに掌を広げてその細い指をヒラヒラと振ってみせた。メネラオスは相変わらずその面を伏せている。
ハルトシは内心の屈辱を表面に出さないよう努力しながら、その部屋を退室していった。
「すまない。迷惑をかけたな」
「くだらないことを言わないでくれないかね。あれで誤魔化せるわけがないだろう」
「何?」
「我輩が君を庇ったのは明白。今回はその場しのぎの口先で丸め込んだに過ぎない。むしろ、我輩たちが協力関係にあるという事実を察知する可能性もある」
メネラオスが驚きを貼り付けた面を上げ、カンパネルラの灰色の顔貌を目にした。
「それでは、どうするのだ?」
「先ほど言っただろう。近いうちに殺すから、今を糊塗すれば充分なのだよ」
メネラオスが押し黙った。
自身に責任があるのは理解しているが、その誇り高い良心が人類を無下に殺すことを躊躇しているのだ。
だが、メネラオスは最後にはその選択をしなければならない。自分を蔑む同胞を見返すために、メネラオスはカンパネルラたちに協力しているのだから。
そのとき扉が開かれてサカキが入室してきた。扉を開け、サカキを先に通したカガミがその背に続く。
「私の客人は帰ったようだな。二人とも失礼は無かったかな」
「当然さ。誰が君の客人に粗略に扱うものか。彼らの問いには答えたよ。……真摯にね」
そう言って微笑むカンパネルラを目にし、サカキが小首を傾げる。
カンパネルラが禍々しい光を宿す縦長の瞳をサカキに向けた。
「君には人類の〈花守〉が集まる組織、何と言ったかな……」
「〈花の戦団〉か?」
「そう。そこに知人がいると言ったね?」
「ああ。確かに」
「その知人に連絡を取ってほしいのだけどね」
サカキは怪訝な表情でカンパネルラを見返した。
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