第3話 酔いは去った。調査の時間だ

「さあ、張り切って調査を行いましょう!」


 その元気な声を上げたのはキヨラだった。朝の弱々しい姿が嘘のように、常の凛とした雰囲気を取り戻している。


 むしろ不甲斐ない姿を晒した負い目のせいか、いつもよりも声が大きい。


「キヨラ、回復するのが早いなー」


 ハルトシが感心というよりは呆れた口調で言った。


 一同はシロガネ大聖堂に到着し、警備の兵士に来訪の理由を告げた後、正門の前で待機していた。今頃は兵士がサカキに取り次いでくれているはずである。


 シロガネ大聖堂は白い外壁が陽光に照らされて眩しく、見上げるほど高い尖塔に鐘楼が鎮座している。客となる知性類を招くだけの広さも充分で、左右を見渡す限り外壁が続いていた。


 全知性類会議が開催されているせいか、普段よりもシロガネ大聖堂に面した通りには人気が多く、露店が軒を連ねている。


 そこだけ赤く塗られている正門の前で大きな声を上げるキヨラへと、通行人が奇異の視線を注ぎながら通りすぎていく。


「これが私の本来の姿です。今朝の私は記憶の彼方に消し去ってください」


 キヨラが進み出ると腰に手を当てて毅然と佇む。道中の喫茶店で水分補給したとはいえ、この回復力は日頃の鍛錬の成果かもしれない。


「キヨラさん、すごいー!」


「さすがキヨラちゃん!」


 キヨラの背後でクシズとウタカが拍手している。


「いや、それにしても寝ぐせまで直るのはおかしいだろ」


「気持ちの問題です」


 寝ぐせが直って艶を取り戻した紅茶色の頭髪を撫で、キヨラが言った。


 釈然としない面持ちのハルトシが溜息を吐いたとき、正門が開かれる。その内部に立っていたのは二人の人間。


「あ、サカキさん。すみません、お呼び出ししてしまって」


「いや、構いません。調査のためならば協力させて頂きます」


 会釈したハルトシにサカキは鷹揚に頷いた。


「しかし、調査にいらしたのがあなた方だというのは奇遇でしたな」


「はい。サカキさんと面識があって助かりました」


 ハルトシはサカキの隣に立つ女性にその瞳を向ける。それに気がついたサカキがカガミの肩に手をかけた。


「こっちはカガミ・ホアハウンド・タガ。私の相棒である〈花守〉です」


「これはどうも。俺はハルトシ・トーダと申しまして、〈花の戦団〉三番隊に所属しています。よろしくお願いします」


「よろしく」


 素気ないカガミの挨拶を受け、ハルトシが気後れしたように眉根を寄せる。


「いや、すみません。愛想の無い者でして。……それでは案内しましょう」


「お願いします」


 ハルトシは頭を下げると、踵を返したサカキとカガミを追いかける。キヨラたちもその背に続いた。


 片面が中庭に面した柱廊を一同は歩く。先頭をサカキとカガミが歩いてその後ろにハルトシとキヨラが並ぶ。さらにその後ろでクシズとウタカが中庭の花や噴水を目にし、楽しそうな声を上げていた。


 サカキが前を向いたままハルトシに問いかける。


「〈喰禍〉と〈光の民〉が一緒にいたのを目撃し、その調査だと伺っているが、それとこの場所がどう関係あるので?」


「実は、その〈光の民〉がサカキさんと同じくカンパネルラの監視役をしている人物に似ていまして」


「何と……」


 絶句したサカキは背を見せたままでその表情までは分からなかった。それと同時にカガミの舌打ちが静かな通路に響き、思わずクシズとウタカの声が止んだ。


「カガミ」


 咎めるようなサカキの声音にカガミは肩を竦めた。


「……話は分かりました。彼の名前はメネラオスといいます。誠実でまじめ、〈光の民〉にしては少々気弱なところが見受けられるが、決して悪い人物ではないはずです」


「メネラオス……」


 ハルトシは森でメネラオスと出会ったときのことを想起する。ハルトシたちに目撃されたときの狼狽ぶりは、サカキが言うように嘘の吐けない実直な人柄である印象が強い。


「私もあまり詳しくないが、難点として〈光の民〉のなかでは極端に弱い個体であるらしい。この会議に参加している同族からは、蔑まれているように感じられる」


「極端に弱い? それでカンパネルラの監視役が務まるのですか?」


「弱いと言っても〈光の民〉の基準でしょう。人間の〈花守〉が何人いても、メネラオス君に勝つのは不可能。それにカンパネルラも強大な〈禍大喰〉ではあるが、彼はまだ二百年級だからメネラオス君でも充分対抗できる」


「えっと、二百年級……?」


 ハルトシの頭上に透明な疑問符が浮かび、それに気付いたウタカが補足説明を入れる。


「〈禍大喰〉は長生きした分、〈ハナビラ〉を身体に溜め込んで強い個体に成長していくの。カンパネルラは二百年生きた個体ってことで、〈禍大喰〉としてはそこそこじゃないかな?」


「ほう。よくご存知で」


 初めてサカキが後ろを振り向いてウタカを見やった。


「あのプラツァーニは四百年級に相当すると言われていますからな。プラツァーニに比べれば、まだ御しやすい相手だ」


「プラツァーニと比べてと言われても、あいつは怪物みたいな強さでしたよ。その半分だとしても、脅威には違いないですよ」


 顔を戻したサカキの後をカガミが引き継ぐ。


「だから、あたしたちもいるんだよ。あんたが危惧することじゃないさ」


 どうも圭角の鋭いカガミの言動にハルトシが反感を覚えたとき、サカキとカガミが足を止めた。そこには高い天井にまで届く大きな扉が設けられている。


「この部屋にメネラオス君とカンパネルラがいます。それと私の方でも、メネラオス君のことは注意しておきましょう」


「はい、よろしくお願いします」


 カガミが扉を開けて先に一同を通す。サカキに続いて入室したハルトシたちの前に異様な影が存在していた。


 まず一体は不敵な笑みを浮かべてハルトシたちを見返す小柄な人影。〈禍大喰〉のカンパネルラだ。


 もう一つの巨大な人物は顔を伏せて組み合わせた自身の手を見詰めている。メネラオス、ハルトシたちが森で目撃した〈光の民〉に相違なかった。


 ハルトシの背後でキヨラが息を呑む気配が伝わり、ウタカですら軽口を叩くことはなかった。


「メネラオス君。私の客人が君たちに聞きたいことがあるそうだ。カンパネルラも彼らに協力してほしい」


 二つの人影が頷くのを見届けるとサカキはハルトシに向き直った。


「私たちがいた方がいいかな? 実を言うと休憩中に昼食をとろうと思っていてね」


「いえ。お時間を頂きありがとうございます。幾つか確認するだけですので、サカキさんは休憩に行ってください」


「分かりました。……メネラオス君、カンパネルラ、私の客人に失礼の無いように願おう」


 そう言うとサカキはカガミを伴って退室し、それを見送ったハルトシが二体の影に向き直る。

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