第2話 〈光の民〉と〈喰禍〉と人類と
この世界に多数の知性類が存在することについて、ある神話があった。
世界を創世した女神は、世界を存続させるために適切な知性類を模索していた。
初めに公明正大であり、争いを生まない〈光の民〉だけの世界を作った。だが、完成された個体の〈光の民〉だけの世界は文明が発展せず、次第に衰退して滅んでいった。
次に、知性は高いが欠点の多い人類のみの世界を作った。人類は瞬く間に文明を発展させたが、扱いきれない強力な兵器を乱用して自滅していった。
続いて女神は
エラ呼吸と肺呼吸を切り替えられる
どのような環境でも生存できるよう、鉱石に姿を変えられる
困った女神は、最後にこれまでの知性類を一緒の世界に解き放った。それこそが今の世界であるという。
この神話が伝わる聖域の一つである、シロガネ大聖堂。
今年の全知性類会議の開催場所であり、ヒカリヨのなかでも有数の伝統ある建築物だった。ヒカリヨの西部に位置しており、その象徴でもある巨大な尖塔の頂上には大きな鐘楼が据えられていた。
白塗りの石材で造られている外部は、遠目から見ると陽の光を弾いて銀色にも映る。
その内部も神聖かつ荘厳に作られており、通路や部屋の天井は見上げるほどに高い。そのなかでも〈光の民〉を招くことを念頭に用意された一室は広く、設けられた椅子や机も〈光の民〉に合うように大きなものだった。
落ち着いた白い壁面と、大きく高価な調度品に包まれた一室で巨体を有する人物は首を垂れていた。
「メネラオス、あのカンパネルラの監視は抜かりないか?」
「はい。勿論です」
「弱いお前は気を抜いてはいかないぞ。お前如きをこの全知性類会議に参加させてやっているのは、お前の熱意を評価しているのだからな」
「承知しています」
そう言って、メネラオスと呼ばれた〈光の民〉は頭を下げた。
室内にいる〈光の民〉は四体だ。人間に変身していても、さすがに三メートル以上ある〈光の民〉の巨体を一室に収容するのは難しく、数体ずつ分散して宿泊している。
室内の人影も調度品も規格外の大きさのため、異様さを帯びる室内に厳かな声が響いた。
「カンパネルラが秩序派とは申しても、〈喰禍〉など信用できるものではない。この会議中は我らも動向には注意を払うが、この務めを遺漏なく果たせればお前の実績にもなる」
「ありがたき幸せでございます」
メネラオスの巨体は心なしか小さく見える。室内で立っているのはメネラオスのみであり、他の〈光の民〉はその体格に合った巨大な椅子に腰かけている。
「お前が実績を作るため、〈禍大喰〉の監視役に名乗り出たときは驚いた。だが、お前にもその程度の気概があったことだけは認めておこう」
「はい」
「しかし、五十年も生きて体表が青なのはお前のみだ。恥ずべきことだと思うことだな、メネラオス」
「この二百年でお前ほど弱い者は見たことが無い。〈光の民〉きっての恥と知れ」
「〈落伍者〉メネラオス。たかが〈喰禍〉の監視くらいは果たしてみせよ」
周りの人物から冷厳な声音を浴びせられ、メネラオスは萎縮するように顔を伏せている。
〈光の民〉は生後五年で成人と認められ、その平均寿命は三百年にも及ぶ。〈光の民〉の本体は人型の大きな宝石のように輝く姿であり、成長するにつれてその光の色が変化していく。
個体の実力や格を表すのがその体表の色であり、〈光の民〉では重要視される特徴である。
メネラオスの色は最下級の青色であり、彼と同年代の個体は二級も格上の紫級になっている。その年齢に比して青級であるメネラオスは、眷属から侮蔑の視線を浴びる対象となっていた。
沈黙したままのメネラオスに愛想を尽かしたように一体が手を振った。
「もうよい。カンパネルラの監視に戻るがよい」
「……はい。皆様に太陽の栄光と、月の平穏がありますよう」
「お前にもな」
一礼してメネラオスは退室する。悄然と肩を落としてメネラオスは廊下を歩んだ。
シロガネ大聖堂の内部は大理石で造られており、壁面や床が一面に白い光沢を放っている。天井はメネラオスが手を伸ばしても届かないほどに高く、瀟洒な
廊下に並ぶ太い円柱を幾つも通り過ぎ、メネラオスは目的の部屋に辿り着いた。
その部屋も〈光の民〉用に作られているため、メネラオスは難なく扉を潜った。
「これは我が友、メネラオス。やっと帰ってきたかね。あまり私から目を離してはいけないよ」
室内には三人の人影があった。メネラオスは声を放った小柄な影に視線を向ける。
「お前の友になったつもりはない。出過ぎた口をきくな」
「怖いことだ。ぜひ我輩にはそのように接してくれたまえ」
そう言うと秩序派の〈禍大喰〉であるカンパネルラは口を閉じた。無機質な灰色をした顔には笑みを貼り付けている。
カンパネルラは人間と同じように服を着用していた。黒い下地に様々な文様が描かれていて、全体は肌に密着しているが袖口と裾は大きく広がっている。頭髪はなく、頭に被った帽子が三角の形をした先端に白い球がついていた。
道化師のような服装をしたカンパネルラが、椅子に深く腰を預けてメネラオスを見返している。
メネラオスは室内に入ると、自席の大きな椅子に腰かけた。
「そう喧嘩腰になることはないだろう。私たちは敵ではないのだから」
「そうだよ。メネラオスはともかく、カンパネルラはいい子にしているんだね」
そう言ったのは二人の人間だった。
一人はサカキ・ナルコ。元は〈花の戦団〉に所属していた男であり、現在は〈ムラクモ都市国家同盟要職警護団〉にその身を置く人物だった。
もう一人はサカキの相棒である〈花守〉の女性だ。二十代中頃のカガミ・ホアハウンド・タガという名前で、赤紫色をした肩まで伸びた頭髪と黒い瞳を有している。
カガミの容貌は美人と呼べるだけの要素を満たしているが、切れ長の双眸とその表情が強気であると同時に酷薄な印象を際立たせていた。
カガミは耳や腕には派手な装飾品を身に着けているが、右手の人差し指と左手の薬指に嵌めている指輪が安物であることが奇異でもある。
「言われるまでもない。少し気が立っていただけだ」
「それならばよいのだがね」
微笑みながら頷いてマンネロウ茶を口に含むサカキの横から、カンパネルラがその毒々しい口唇を開く。
「メネラオスは、その誇り高い同胞から心無い言葉を浴びせられたと見えるね。我輩と彼ら、どちらが本当の友か考える必要があるのではないかな」
「少し黙れ、カンパネルラ。お前と世間話をする気分ではない」
「君の方はどうか知らないが、我輩は君の方を友だと思っているよ。その友の警告に従い、今は黙ることにしよう」
カンパネルラの回りくどい言い方に辟易したようにメネラオスは溜息を吐いた。
束の間の静寂を嫌うように、カガミがサカキに向けて声を発する。
「メネラオスも帰ってきたことだし、休憩が終わる前に食事にでも行かない?」
「うん? ここで注文するものと思っていたが」
「せっかくヒカリヨまで来ているんだし、外の店に食べに行こうよ。ヒカリヨ特産の
サカキは考え込むように目を細める。面倒だから行かない言い訳を考えているのだと看破したカガミが立ち上がると、サカキの袖を引いて促した。
仕方なしにサカキが重い腰を上げたとき、扉が叩かれる音が響く。
「どうぞ」
サカキの声に応じて警備の兵士が入室してきた。
「失礼致します。サカキ・ナルコ様にお客様が来ていますが」
「客? どなたなので?」
「はい。〈花の戦団〉から四名の方がいらしています。正門でお待ち頂いていますが」
「〈花の戦団〉か。分かりました。参ります」
兵士は頷いて去り、カガミが露骨な舌打ちを漏らす。
「カガミ、行こう。すまないが、少し席を外す」
メネラオスとカンパネルラに言い置いてサカキはカガミを伴って部屋から出て行った。
二人だけで残された後、カンパネルラが再び口を開く。
「メネラオスよ、世間話でなければいいのかね?」
「ああ」
「昨日、君を目撃したという人類だが、そこから話が広がっているのではないだろうね」
「分からない。確か四人の人類だったが……」
「サカキを訪ねてきた〈花の戦団〉も四人と言っていたね」
「何が言いたい」
「君を見たのは、不運にも〈花の戦団〉ではなかったのかね」
メネラオスは押し黙った。
「伝令役である我輩の眷属と、君の密会場所にあの森を何回か使っているね。だが、どちらかが見られるならとにかく、一緒にいたのを見られたのは手抜かりではないかね」
「そんなことを言われてもな……」
「殺してしまえばよかったものを、慌てて逃げ出すから余計な手間を生むのだ」
「我ら〈光の民〉は人類の守護者だ。そのようなことをできるわけが無いだろう」
「君がそれを言うかね。明後日になれば、四人どころでは済まない死者が出るはずのことをしようとしているのにね」
メネラオスは応えずに目を伏せ、大きな拳を握りしめた。
「君が我輩の監視役になれば怪しまれずに行動を共にできるはすだったが、それが仇になってしまったね」
「私はどうすればいい」
「君に上手い言い訳を期待してはいないよ。知らないと言い張るしかないだろうね」
「分かった。サカキにはどう説明しようか」
「今まで黙っていたがね。客が帰ってからサカキには上手く言うしかないだろうね」
「うむ……」
「それと君を探っている連中は近いうちに殺しておこう。あまり騒がれると目障りだ」
「……」
「納得いかないのかね? 君が手を下すのが嫌ならば、我輩の方で殺すがね」
「お前も秩序派とは信じられない物言いではないか。秩序派は、人類との共存を目指す派閥だと思っていたが……」
「我輩は人類との共存を目指しているよ。しかし、現在の人類の繁殖力は侮れない。すでに世界の知性類の大半は人類であるし、その脅威は〈光の民〉も実感しているのだろう?」
「ああ……」
「我輩が望むものは、人類による支配ではなく共存だ。今回の作戦は人類の数を減らし、勢力の均衡を保つ一環なのだよ。それでこそ人類と我輩たちは真に共存できるというものだね」
「……やはり、私はお前と友になることはできないようだ」
メネラオスの言葉の後、その場は沈黙に包まれた。
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