第9話 物知りウタカの知性類講義

〈光の民〉と〈喰禍〉を同じ場所で見かけたのは単なる偶然かハルトシが考え込んでいると、横からクシズとウタカの声が流れてくる。


「〈光の民〉って大きいねー。壮観だけどー、知性類会議に出席するのが十体だけなのは少ないよね、ウタカー?」


「クシズちゃんてば〈光の民〉のこと知らないの? あのね、〈光の民〉は私たち人間に比べて個体数が少ないから、十体も集まるなんて珍しいことなんだよ」


 ウタカはクシズに説明を続ける。


〈光の民〉は知性類のなかでもっとも古くから文明を築いている存在だった。知性類の先駆者として誇り高く、清廉で正義を重んじる性格をしている。


 人類の前に現れるときは敬意を表し、現在のように人間に近い外見に変身しているのが常だ。大きい方が優れているという価値観により、好んで巨体の美男美女に姿を変える。


〈光の民〉の本体は、人型をした巨大な宝石のように輝く姿であるとされていた。

 人類に対しては古来より友好的な知性類であり、まだ人類が言葉を持たない時代からその庇護者として、〈喰禍〉を嚆矢とする他の知性類の脅威から人類を守ってきた。


 人類を保護する立場に見合う戦闘能力を備えており、〈光の民〉の実力は単騎で人間の〈花守〉百人に相当すると称されている。


「〈光の民〉ってそんなに凄いのー⁉」


「当然だよ。〈光の民〉とまともに戦えるのは高位〈喰禍〉くらいだもん。でも、個体数が激減して危機的状況なんだって」


 二十年前に第七知性類、〈サンディ=ノネ〉との戦争に大敗した〈光の民〉は、その個体数を六千体にまで減じていた。元より生殖能力が低いために絶滅の危機に瀕しているのだ。


〈喰禍〉と同様に有害指定知性類として認定されている〈サンディ=ノネ〉は、サンディという人間の女性の複製が増殖した知性類であり、居住地を持たずに世界を放浪しながら各地を侵攻している。


 その〈サンディ=ノネ〉が十数万人まで増殖し、他知性類の被害が甚大となっていた。そのため〈光の民〉が宣戦布告したが、知性類最強であるはずの〈光の民〉は、その数の少なさにより大敗を喫した。


 その敗戦から〈光の民〉の人類に対する評価が変わってきている。

 大多数は従来通り人類の協力者であるという立場だが、〈サンディ=ノネ〉が元は人類であるということ、また人類の勢力伸長に危機感を覚えた一部により人類と決別すべきだという派閥が作られた。


 決別派と呼ばれる派閥の存在が、人類と〈光の民〉に微妙な亀裂を生じさせていた。


「ウタカって物知りー」


「えっへっへー。『知性類の歴史全集第一巻、光の民篇』を読めば分かることだよ」


 さりげなく知識を披露するウタカが照れ笑いを浮かべ、小鳥の髪飾りを撫でる。


 ウタカの長い説明の間に、〈光の民〉は目前を通り過ぎていった。


「〈光の民〉以外に参加する知性類はいるのでしょうか」


「基本的には、〈サンディ=ノネ〉以外の知性類は参加することになっているはずだ。まだ見物客が残っているということは、到着していない知性類がいるんだろうな」


 キヨラが頷いたとき、再び遠方から歓声が沸いた。


「お、次のが来たな」


「しかし、あの大きな人影は〈光の民〉ではありませんか? 一体だけ遅れたのでは?」


「いや、厳格な〈光の民〉が遅刻なんてしないよ。〈光の民〉が一体だけとなると、あれは監視のためにいるんだな」


「監視……ですか?」


「ああ、隣に人影が見えるだろう」


「四人ですね」


「あの人影のなかの一体は〈喰禍〉なんだよ」


 驚愕に双眸を見開いたキヨラのためにハルトシが説明する。


〈喰禍〉は元々この世界に存在する知性類ではなく、恐らくは異世界の生物ではないかと考えられている。その異世界の生物が何らかの理由により、この世界に転移してくるのだ。


 ただし、その転移する過程で生物に何らかの変化が起こり、〈喰禍〉という怪物としてこの世界に出現してしまうという説が有力である。


〈喰禍〉がこの世界に顕現する際、依代となる物質を必要とする。その物体に異世界の生物が宿ることで、〈喰禍〉へと変質するのだという。


「その〈喰禍〉にも個体に差がある。低位の存在にはほとんど知能が無く、無差別に相手を攻撃して〈ハナビラ〉を貪るだけの存在だが、高位の〈喰禍〉には高い知能が備わっている」


「ええ、それは知っています」


「高位〈喰禍〉は〈禍大喰まおおぐい〉と呼ばれる。〈プラツァーニ戦役〉の元凶であるプラツァーニも、その一人だ。でも、高い知能を持つために〈禍大喰〉にも派閥があってさ。えーと、何だったかな……」


 先を思い出そうとして口を噤んだハルトシに代わり、ウタカがその朱唇を開く。


「〈喰禍〉は他の知性類を滅ぼして、この世界の〈ハナビラ〉を食べ尽くすっていう考えなんだけど、〈禍大喰〉の一部は他の知性類と共存すべきだと主張しているの」


「〈喰禍〉にも、そのような考えを持つ者がいるのですか?」


「うん。ホントに少数だけどね。その〈禍大喰〉は秩序派と呼ばれていて、他の知性類の監視付きという条件で、全知性類会議にも一体だけ参加することが許されているの」


「それがあの一体ということですね」


「新聞で読んだ名前だと今回の参加者は、秩序派のカンパネルラだって」


 キヨラが灰色の瞳を大通りの人影に向けた。


 大通りの中央を小柄な影が歩み、その後ろを監視役の〈光の民〉たちが歩いている。恐らくは、小柄な影がカンパネルラなのだろう。


 すでに太陽は朱色に変じて地平近くまで下がっており、薄暮に包まれ始めた大通りでは接近しないと姿がよく見えなかった。


 ゆっくりと歩む影がキヨラたちの近くまで到達し、その小柄な影をキヨラの瞳が映す。


 意外にもカンパネルラは人間と同じ四肢を有していた。しかし人間と異なる点も多い。


 まず体表は灰色をしており、眼球は黒曜石を眼窩に嵌めたように黒塗りになっていて、その瞳が細い縦長の形状をしている。

 細い金色の瞳で周囲を舐めるように眺めながら歩む。そのカンパネルラの面には、不敵な笑みが浮かんでいた。


「〈禍大喰〉だけあって独特の雰囲気がありますね。プラツァーニに近い強さを感じます」


「カンパネルラは秩序派ということだし、ここで暴れるってことはないだろう」


 言葉を交わし合うハルトシとキヨラの横から、クシズの声が割り込む。


「ねえー、あそこにいるのはサカキさんじゃないー?」


 その声を聞いたキヨラとハルトシが、カンパネルラの後ろを歩く人影に目を向ける。暗くて分からなかったが、細身の長身をした人物は確かにサカキであった。


「本当だ。サカキさん、このためにヒカリヨに来ていたのか」


「カンパネルラの監視役の一人というわけですか」


 サカキの隣には相棒らしい女性〈花守〉が並んでいる。いかにサカキが優れた人物であっても、特殊能力を有する女性〈花守〉と一緒でないとその真価を発揮できない。


「ねえ。もう一人、私たちの知っている人がいるよ」


 いつになく真剣なウタカが〈光の民〉を指差していた。それまで〈光の民〉であるということしか気に留めていなかった一同は、その顔を目にして驚愕する。


「ウソー、あの人、森で会ったー……」


「〈喰禍〉と一緒にいた〈光の民〉だ……! そいつがカンパネルラの監視役だと⁉」


「もしかすると、〈喰禍〉と〈光の民〉が同じ森にいたことは偶然ではないのでしょうか?」


 想像の射程外であったできごとに惑乱を隠しきれないキヨラたちに気付くこともなく、大通りを歩く四人はその目前を通り過ぎ、その背は次第に遠ざかっていった。

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