第8話 全知性類会議の始まり
ムラクモ都市国家同盟は、大陸東部のムラクモ地方に集中する二十八もの都市国家群による同盟である。
その成立の歴史は九十二年前まで遡る。
都市国家の歴史は古く、標準歴以前から存続しており、歴史上では七百年前から存在している。
大陸東部から北部にかけて三百以上存在したとされる都市国家は、標準歴千二百十九年の現在に至って、ムラクモ都市国家同盟に所属する都市国家のみになっている。
元々は領地を巡って都市国家同士での争いを繰り広げていたが、〈喰禍〉を始めとする外敵による侵攻を受け、都市国家は次々と陥落していった。
長い闘争の果てに都市国家が百以下にまで減じたとき、人間同士で争っている場合ではないと判断した各都市国家の首脳陣は同盟を組むことを決定した。
〈ムラクモ都市国家同盟〉は人類が外敵から身を守るため結成された。各都市国家が協力して外敵と対抗しつつ版図を伸長させ、それぞれの都市国家は独自の発展を遂げている。
都市と言っても長い歴史の間に人口が増え、幾度も拡張したその領土は本都市の他に副都市を複数有し、山地や河川を内包することで規模は小国と変わりない。
その都市国家のなかでも、ヒカリヨは異彩を放つ都市である。
多数の〈花守〉が所属する〈花の戦団〉の本部を擁するだけでなく、女神の生まれ変わりであると伝えられる
その歴史と重要度から、ヒカリヨは知性類会議の主催地に選出されるにはそれなりの根拠のある都市であった。
そのヒカリヨ西部に位置するシロガネ大聖堂前の大通りに、ハルトシたち一行の姿があった。
「すごい人通りですね……」
唖然としてキヨラが呟いた。
任務を終えたハルトシたちはすぐに踵を返してヒカリヨの西部へと急いだ。そのおかげで、夕刻にはシロガネ大聖堂前の大通りに着いている。
ちょうど時刻は、会議に出席する知性類がヒカリヨに到着する頃合いだった。大通りには、他の知性類を一目だけでも眺めようという見物客が詰め寄せている。
その人波に混じって、辟易したキヨラが発したのがさっきの一言だった。
「やっぱり、みんな考えることは同じなんだな」
行き交う人に当たらないように注意し、石畳を踏むハルトシが応じた。
「逸れないように気をつけないと。ウタカとクシズはいるか?」
「ウタカはここにいまーす」
雑踏のなかでハルトシが振り返ると、すぐ後ろのキヨラから数人を挟んで、ウタカの小さな手がひらひらと振られているのが見えた。
「クシズは?」
「もうちょっと後ろ。すぐ分かるよ」
言われた通りハルトシが後方を見やると、派手な日傘が人波のなかで右往左往していた。
「おーい、クシズ! こっちだよ!」
ハルトシの声に導かれて日傘が通行人をかき分けて進んでくる。危うくキヨラに追突しそうになると、その日傘を手にした人物、クシズが立ち止まった。その紫紺の双眸は潤んでいる。
「みんな、私を置いていってひどいよー」
「クシズちゃんが遅いんだって。それより早く良い場所を探さないとさ」
ハルトシは同意して周囲を見回すが、大通りは人垣に囲まれて近寄ることはできない。ハルトシならば遠目に眺めることができても、キヨラたちの身長では人の背中しか見ることはできないだろう。
「困ったな。このままじゃ何も見えない。せっかく〈光の民〉たちを見るいい機会だったのに」
ハルトシがそう呟いたとき、一人の男が声をかけてきた。
「失礼ですが、〈花の戦団〉の方ですか?」
「あ、そうですが」
「私は知性類会議のための警備をしている者ですが、〈花の戦団〉の方が何用でこちらに?」
ハルトシは返答を言い淀んだ。
話しかけてきたのは胴部に鎧を着用し、盾と剣を所持している若い警備兵の男性だった。
小太刀を帯びるキヨラやクシズなど特異な外見をしているのを目にすれば、〈花の戦団〉に所属していると察しがつくのは当然だろう。
ただ、〈花の戦団〉の〈花守〉が余暇に見学に来ました、というのは何となく言いづらい。
「もしかして知性類会議の警備のためにいらしたので?」
「えっと……」
「はーい。本当は極秘任務だったんですけど、事情があって来るのが遅くなっちゃいまして。困ってたんです」
ハルトシの言葉を打ち消すウタカの大声が後ろから届く。ウタカの言葉は若い兵士の顔色を一変させる効果があった。
「ご、極秘任務……⁉」
若い兵士にとって、その言葉は憧憬に近いものだったろう。急にかしこまった兵士は、その瞳に不可視の炎を燃やして口を開く。
「分かりました! どうぞ、こちらへ。……すみませんが、ちょっとどいてもらえますか」
兵士は人垣を分けて、ハルトシたちを通そうとしてくれている。
「ウタカ、どうすんだよ。極秘どころか任務ですらないんだぞ」
「まあ、役得ということで。それより兵士さんの善意を無駄にするつもり?」
ハルトシは肩を竦めると、仕方なしに兵士の後に続いた。
ハルトシが苦労して兵士に追いつくと、そこは大通りに面した最前列だった。石畳の広い道路が目前を横断しており、そこは到着する知性類たちのために立ち入りが禁止されていて空いている。
「どうぞ、ここでご覧になってください」
「いや、ありがとうございます」
「このくらい何でもありません」
兵士は誇らしげに言って立ち去った。
「ま、確かに知性類の様子をよく見られるな。何かの役に立つかもしれないし。ありがたく見学させてもらおうか」
ハルトシの横にキヨラたちが並んだ。周囲の見物客もハルトシたちが〈花守〉だと気がついたようで、割り込まれても文句を言う者はいなかった。
「少し気が引けますが、ここならば〈光の民〉もよく見えますね」
「うん。やっぱり、さっきの件は気になるしな」
やはりキヨラもハルトシと同様、森で〈喰禍〉と〈光の民〉を見かけたことを気にしているようだった。
「はい。とにかく実物を見なくては、森で会った巨人が〈光の民〉であるか判断できませんから。……会議に出席する知性類はまだでしょうか?」
「もうすぐ到着するんだろうけどな」
ハルトシは周囲を見渡す。
ヒカリヨに限らず、都市国家の建造物の多くはその材質が石で造られている。
材料の石材は都市国家同盟で最大の石切り場を保有するマツカゲから採取されており、大通りに面している小間物屋や喫茶店も石造りだった。支柱や窓の桟などに木材が使用されているのみで、建物の主要な材料は石材であった。
石造りの街並みを横断する大通りには一定間隔で常夜灯が配置されている。これも石材を加工して作られており、石材を
常夜灯が立ち並ぶ大通りの向こうに大きな人影を認め、ハルトシは口唇を開く。
「来たみたいだ」
その声を合図にしてキヨラたち三人が人影のある方に視線を向ける。その先から大きな影が近づき、その動きに合わせて歓声が響いてきた。
大通りを歩むのは十体の巨躯である。全員が三メートル以上の巨体を有する美男美女という特徴は、まさしく人間に姿を変えている〈光の民〉であった。
「ハルトシ、あれは……」
「ああ、やっぱりあの森で見たのは〈光の民〉だったようだ」
〈光の民〉の外見は、森で〈喰禍〉と同時に姿を見た巨人の男と一致していた。
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