第5話 クシズの同期、悲しみを背負うマリカ

 一同は準備のために解散し、一時間後に東棟の玄関口で待ち合わせることにした。


〈花の戦団〉本部の外観は、レンガ造りの要塞と評せる趣である。一応は、都市国家同盟群の代表として外敵と戦う機関であるため、それに相応しい武骨な作りをしている。


 表通りからは離れた広大な土地に建造されており、主に三つの棟で構成されていた。


 もっとも正門から近いのは南棟であり、そこで戦団への依頼を受け付ける事務的な役割を担う。市民や他都市の使者が自由に出入りできるのはこの区画までである。

 東棟は〈花守〉が利用する施設が用意されており、食堂や喫茶店、医務室や休憩室などが備えられていた。


 通りからは奥に位置する北棟には、団長や各隊長の執務室や会議室などがある。そうは言っても、勤務する〈花守〉に女性が多いせいか重々しい雰囲気も無く、至って穏やかな空気のなかで執務が行われていた。


 ハルトシは集合場所に向かいながら、もうキヨラは到着しているだろうと思った。時間に厳しいキヨラは、待ち合わせには一番乗りするのが常である。


 ハルトシが玄関口に着いたとき、予想通りキヨラは所在無げに立っていた。


「やあ。準備はできたか」


「ええ、ノギ隊長のお話では少数の敵しかいないとのこと、斬るだけなら簡単です」

キヨラは頷いて帯の結び目に差した二振りの小太刀に手を当てる。


 次に現れたのはウタカだ。


「お待たせ。きっとクシズちゃんはもう少し時間がかかるよ。日によって、持っていく魔除けのお札とかを選んでいるんだからさ」


 くすくすとウタカが忍び笑いを漏らす。その笑みは別にクシズを軽んじているのではない。ウタカはクシズと付き合いが長いため、ちょっと毒づいても許される間柄なのだ。


 その後はとりとめのないウタカの会話に、ハルトシとキヨラが相槌を打つ時間が過ぎる。キヨラが辟易し始めたらしいとき、彼女にとっては救いとなる足音が聞こえた。


「みなさんー、待たせてごめんねー」


 日傘に幾つもの魔除けを吊り下げたクシズが小走りに近づいてくる。ウタカの言った通り、朝とは魔除けの種類が違っているようだった。


「いえ、それほど待っていません」


「あー、それならよかったー」


 待ってないわけないだろ、と言いたげなキヨラの表情だったが、口に出すことはしない。短い付き合いでも、クシズの無責任さはキヨラも把握しているようだった。


「それじゃあ、出発しようか」


 ハルトシの言葉に一同が頷いていると、通路から玄関に向かってくる人影があった。痛ましげなキヨラの視線に気がついたのか、ウタカが耳元で囁く。


「キヨラちゃんも気付いた? あれ、マリカちゃんだよね」


「はい。四番隊所属で……、あの……」


 キヨラが言い淀むのも無理はなく、マリカ・マリーゴールド・ビゼンは複雑な立場に置かれている人物だった。


「あ、マリカちゃんー。久しぶりだねー」


 クシズが珍しく喜色を浮かべて駆け寄った。


 キヨラは小声でウタカに語りかける。


「半年前のキサラギ地方で起こった、〈プラツァーニ戦役〉で仲間を失っている方ですね」


「そうそう。あのときって私たちの三番隊を含めて、〈花の戦団〉からは六部隊が出動するほどの大きな戦いだったからね」


〈プラツァーニ戦役〉とは、高位〈喰禍〉であるプラツァーニが眷属を率い、〈ムラクモ都市国家同盟〉南部に侵攻したために起こった戦いである。

 近隣の都市国家が保有する〈花守〉が集結し、〈花の戦団〉も全戦力の半数以上を投入したほどの大規模な戦闘であった。


〈プラツァーニ戦役〉では三番隊も遠征して苛烈な戦い繰り広げ、死闘を制した人類がプラツァーニを滅ぼして勝利を得た。


 しかし、その戦役で〈花の戦団〉も死者七人、重傷者十三人の被害を出している。その死者のうち二人はマリカと同じ班員だった。


 一人となったマリカはまだ他の班への編入もされず、人員補充もされないまま一人で内勤の任務に回されている。

 仲間を失って傷心しているマリカは、腫れ物に触る扱いをされることも少なくない。


「マリカちゃんは、クシズちゃんと同い年の同期なんだって。クシズちゃんも、かなり心配していたみたいだよ」


「そうだったのですね」


 キヨラは改めてマリカの様子を眺めてみる。


 マリカの外見は金髪の巻き毛が背中を包み、翡翠の瞳を有する女性だった。クシズと同じ十八歳にしては双眸に翳りを帯びており、クシズの言葉に応じる表情にも感情の彩りが薄い。


 暗然としたマリカの様子に反し、その衣装は瀟洒な造形をしていた。高価な絹を生地としており、白を基調としたその衣装はきめ細かい光沢を放つ。幾何学的な文様を描く金糸の刺繍が光を弾いていた。


「マリカちゃんはー、今日の予定はあるー? わたしたちね、任務終わりにシロガネ大聖堂に行って、知性類会議の見学に行くんだけどー」


「へえ、いいね。色んな知性類が集まるから、きっと楽しいよ」


「そうでしょー? よければー、マリカちゃんも一緒に行かないー?」


「ううん。私は遠慮しておく。そんな気分じゃないから」


「そうー? たまには遠出した方がいいと思うけどー」


 クシズの誘いにも、マリカは静かに首を横に振るばかりだった。


「クシズはいつも楽しそうだね。羨ましいな。私と違う」


「そんなことー……」


「やっぱり仲間を守れるクシズは偉いよ。私なんか……」


「マリカちゃん、そんなこと言わないでー」


 クシズは困ったように日傘を揺らす。


 離れて会話を聞きながら、ハルトシはマリカの気持ちが分かるような気がした。


 異能を有する女性〈花守〉は、それぞれ特徴のある能力を持っているが、それは大まかに四つの種別に分類される。


 白兵戦を得意とする前衛攻撃型フランク、前線で仲間を守る前衛守護型タンク、後方からの射撃能力を持つ後衛攻撃型ダメージ、仲間の支援専門の後衛支援型サポートである。


 例えばキヨラの種別は前衛攻撃型フランク、それも剣による接近戦専門の〈剣結士けんゆいし〉と呼ばれる。


 後衛攻撃型ダメージであり、威力と連射性を兼ね備える射撃能力を有するウタカは〈軽砲士けいほうし〉。


 クシズは前衛守護型タンク)と後方支援型サポートの特性を併せ持つ珍しい種別、〈護療士ごりょうし〉だった。


 マリカはクシズと同様に前衛守護型タンクとして仲間を守る立場にあったが、仲間を守り切れずに死なせてしまった挙句、自身は生き残ったことに苦悩を感じている。


 むしろ、立派に仲間を守り通しているクシズから親切心を向けられることが、一番の苦痛であるかもしれないとハルトシは思っていた。


「ごめん。クシズを困らせるつもりは無かったの」


「いいのー。マリカちゃんにもお土産買ってきてあげるからー」


「楽しみにしているね」


「ヒカリヨの東の森林に出没した〈喰禍〉を倒しにいくけどー、催しには間に合うからー」


「東の森林?」


 マリカも、やはりヒカリヨ周辺で〈喰禍〉が出現したことに驚いたようだった。


「そこにクシズたちが討伐に行くことになったの?」


「そうなのー。でも、下級の〈喰禍〉ばかりだって聞いたからー、大丈夫」


「クシズたちなら大丈夫だよ。……そろそろ行くね。私も今日は人に会う約束があるから」


 立ち去るマリカの背へとクシズが手を振る。そのクシズの横へウタカが近寄った。


「マリカちゃん、行っちゃったね」


「仕方がないわー、今のマリカちゃんは誰と話してもあんな調子だものー」


 何となく重苦しい空気を纏ってハルトシたちは戦団の本部を後にした。

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