第6話 ウタカのハルトシ囮作戦

一行がヒカリヨの外郭である城壁に設けられた東門から都市を抜け、街道を歩いて森林に辿り着いたのは昼頃だった。


 左右に草原が広がり、その中央に白い線のように伸びる街道を辿ったハルトシたちの前方を塞ぐように森林が位置していた。街道は森に飲み込まれ、先が見えなくなっている。


「やっぱり今日も私の運勢は最悪なのー。きっと悪いことが起こるに違いないわー」


 最後尾を歩くクシズは、早くも落ち込み状態に突入していた。

道を歩く一同の頭上を四羽の鳥が通り過ぎたことが理由だった。クシズによれば、ヌビナ部族の伝承では四羽の鳥が北から南に向けて飛んでいくと不吉なのだそうだ。


「もしかしたら、この任務でわたしたちは〈喰禍〉に八つ裂きにー? 八つ裂きで済めばいいいけどー、ハラワタを引きずり出されるとか、ノーミソをチューチューされるとかー?」


「クシズ、もう止めときなよ。もう森林が目の前なんだから、敵がいるかもしれないぞ」


「はいー、すみませんー」


 ハルトシに促されたクシズが涙目になりながらも、先行する三人に追いつく。


「うっふっふー。クシズちゃんさ、心配すること無いよ。こっちには頼りになるキヨラちゃんがいるんだから。ね、キヨラちゃん?」


「え? ええ……、〈喰禍〉に後れをとるつもりはありません」


 どこか揶揄うようなウタカの声音を受け、キヨラは戸惑いつつ首肯する。


 キヨラにとって、三番隊でもっとも付き合いづらい人物はウタカだろう。

明朗闊達と言えば聞こえがよいが、その掴みどころのない性格はまじめなキヨラにとって苦手に違いない。


「さて、あの森に〈喰禍〉が出没するという情報だからな。早速、探しに行こう」


「ハル君さー、まさかこの森林に潜んでいる〈喰禍〉を歩いて探すつもりなの?」


 歩み出そうとしていたハルトシが急停止して顔をウタカに向ける。


「ウタカが思うに、こんな広い森のどこにいるか分からない〈喰禍〉を、こっちから探すなんて愚の骨頂だよ」


「だって〈喰禍〉がどこにいるか分からない以上、探すしかないだろ?」


「ウタカはちゃんと、この長いったら長ーい街道を歩いているうちに考えていたの。敵の居所が分からないなら、向こうから来てもらうのが最善でしょ」


「どうやって?」


 ウタカが得意気に笑みを漏らす。キヨラとクシズはその動向を注意深く眺めていた。


「それはさー、〈喰禍〉が〈ハナビラ〉を狙う習性を利用すればいいの」


「ああ、なるほど。だけどさ、もっと具体的に説明しないとキヨラたちが分からないだろ?」


 まるで自分は理解できているような言葉に、キヨラが呆れた視線をハルトシに突き刺した。


「つまり、大量の〈ハナビラ〉を集めれば、〈喰禍〉は向こうからこっちに来てくれるわけ」


「あー、なるほど!」


 キヨラとクシズが異口同音に言うのを聞いたが、ハルトシはまだ要領を得ない様子だ。


「えーと、ウタカの言っていることは分かった。それで〈ハナビラ〉を集められるのはこのなかで俺だけだな。俺が〈ハナビラ〉を集めて、それに〈喰禍〉が寄ってくると……」


 ハルトシがあまり優秀でない頭でその意味を理解したとき、その口から怒りの声が迸る。


「待て待て! ということは俺が囮になるってことじゃないか! 俺なんか〈喰禍〉に襲われてみろ、二秒で死ぬぞ⁉」


「だって、そうしないと今日中にこの任務が終わるか分からないよ。早くしないと、知性類会議の見学に間に合わないもん」


「俺の生命いのちがかかっているのに、『間に合わないもん』じゃない! な、二人とも?」


 ハルトシが助けを求めるようにキヨラとクシズに目線を向ける。ハルトシがその先で見出したのは、憐れむような二対の瞳だった。


「ハルトシ、あなたの雄姿は忘れません」


「あの鳥はハルトシさんの不幸だったのね、お気の毒ー。でも、私じゃなくてよかったー」


「クシズさん、それはさすがに露骨すぎですよ」


「ああ、クソ! 薄情な!」


 吐き捨てたハルトシが天を仰いだ。


「いいか、絶対に危なくなったら助けてくれよ?」


「任せてくださいー」


 なぜかクシズしか返答しなかったことに不安を感じながら、ハルトシは三人から離れた場所に立った。


 目を閉じて意識を集中するハルトシの周囲が淡く発光した。〈花守〉であるハルトシの意思に感応した〈ハナビラ〉が大地から、樹々から噴出して揺らめきながら宙を舞う。


 ハルトシを包むように小さな光の破片が乱舞する風景は幻想的だった。両目を開いたハルトシが掌を広げると、光はハルトシの肉体へと吸い込まれるように消えていく。


〈ハナビラ〉を収集し終えたハルトシはその場に佇んで〈喰禍〉が現れるのを待った。


 今のハルトシは体内に高密度の〈ハナビラ〉を宿しており、〈喰禍〉からすれば、さぞや美味しそうな餌に見えるだろう。


 しばらく静寂が一帯を支配する。木の葉が揺れる音や小鳥の羽ばたき、風が上空を渡る音を背景にして、佇むハルトシをキヨラたちは見つめた。


 あるとき無遠慮に雑草を踏み鳴らす音が一同の耳朶を打った。それは一つのものではなく、複数の存在によるものである。


 ハルトシが怯えた表情で音源に目を向けた。樹木の影から現れたのは、球状の本体から四本の足が生える赤い単眼の姿だった。先日、キヨラたちが倒した〈喰禍〉と同じ種類である。


「あ、また甲蟲こうむだ。楽勝だね」


 突撃型〈喰禍〉である〈甲蟲〉は最下級に分類されており、もっとも頻繁に目撃される種類だ。攻撃手段も眼からの光弾に限られていて〈花守〉からすれば恐れる相手ではない。


「でも二十体はいるわー。樹が邪魔になって、キヨラさんもウタカも戦いづらいでしょー?」


「たかが二十体では物の数ではありません。それよりもハルトシが危ないのでは?」


 キヨラの冷静な指摘にウタカが頷く。


「お願い、クシズちゃん!」


「はいー」


 駆け出すクシズだったが、その足の遅さでは到底ハルトシを守れそうもなかった。

 甲蟲たちの眼球が発光し、光弾を射出する兆候を見せる。


「うわ! 誰か助けてくれ!」


 叫ぶハルトシの元へと走るクシズの足では間に合いそうもない。


「あ、クシズちゃんの足の遅さを考えて無かった……。ハル君、ごめん」


「まったく、もう」


 キヨラが呟き、腰の小太刀に手を添えた。


 瞬時にキヨラの姿が消失し、地表を紅の残像が走る。次の瞬間にはハルトシの前にキヨラが立ち塞がっていた。


 右手に抜き放った小太刀を持ち、殺到する光弾をキヨラが次々と打ち落とす。甲蟲の攻撃に小休止が訪れたとき、やっとクシズが二人の元に辿り着いた。


「クシズさん、ハルトシをお願いします」


「任せてー」


 クシズが日傘を構えてハルトシに並ぶのを横目にし、キヨラは右手の小太刀の切っ先を甲蟲の群れに向けたまま、左の小太刀を抜いた。

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