第2話 花守たちのお出かけ談義
「それにしても、三人とも今日は休みだったんじゃ? 仲がいいんだな」
「当然だよ。今日は一昨日の労いをするために集まったんだから」
「キヨラさんはこの班に来て日が浅いから、親睦を深めるためにウタカが発案したんですよー」
曖昧な笑みを浮かべるキヨラが飲み物を手にすると、ウタカが高らかに宣言する。
「一昨日はお疲れ様でした会の一次会、始まり、始まりー!」
「ウタカー、一次会って、どれだけやるつもりなの?」
「だって今日は丸一日お休みじゃない。楽しまないと損だよ」
ウタカはそう言って二人の容器に自身のそれを打ちつけ、穏やかな日差しを背景に軽やかな音が鳴った。
三人の隣の卓上で昼食を口にしながら、ハルトシはキヨラのことを考える。
明るいウタカと、彼女に引きずられながらも楽しそうなクシズの姿を目にして、キヨラは胸中で戸惑いの溜息を吐いたようにハルトシは思う。
キヨラの傾城と称しても誇張でない面立ちは、どこか高潔さを秘めていて冷たさと強さを両立させているのだが、今はその面に困惑を刷いている。
キヨラの特徴は腹部に幅広の帯を結んでおり、後ろの結び目には二振りの小太刀を差していることだろう。小太刀というのは、大陸最東端に位置する国家、イザヨイで使用される武器のことである。
イザヨイで主に使用されるのは刀であるが、刀よりも短い刃物のことを小太刀と呼ぶ。
キヨラの小太刀の力量は凄まじく、百人近い〈花守〉が在籍する〈花の戦団〉のなかでも、接近戦の腕前は五指に入ると称されていた。
キヨラは、ハルトシが中心となる〈花の戦団〉三番隊、クシズ班に編入してからまだ日が浅い。生来、人付き合いの苦手なキヨラは、まだ同僚のクシズとウタカに馴染めないでいる。
ウタカが率先して三人が集まる機会を作ってくれているが、キヨラから距離を詰めることができないでいるようだ。
キヨラがクシズやウタカと打ち解け、本当の意味で仲間となるのがこのクシズ班にとっての課題だとハルトシは思う。
「キヨラちゃんはどう思う?」
「……え?」
それまでの会話に集中できず、キヨラは間の抜けた声を漏らす。
「だから、〈知性類会議〉のことだってば。今回はこのヒカリヨで開催されるから、見物に行くのも面白そうじゃないかって」
「そうそうー。一年に一回、各知性類の代表が集まって外交的な話し合いをするのよー。今回は人類が主催で、開催地がこのヒカリヨだなんてー。これからあるかどうかも分からないものー。見に行った方がいいわー」
横で話を聞いていたハルトシは小難しいことには興味は無いが、知性類会議についてクシズが説明したくらいの知識はある。ただ今年の開催地がヒカリヨであることは知らなかった。
キヨラも同様らしく、取り繕った様子で応じている。
「そうだったのですね。それは面白そうな」
「でしょでしょー? えっと、開催されるのがいつからだったっけ、クシズちゃん?」
「明日から三日間ねー。明日は内勤だし、夕方からでも西地区のシロガネ大聖堂に向かえば、催し物が見られるかもー」
各知性類の代表を招くだけあって開催地では盛大な催し物が披露されたり、露店が並んだりすることになる。これだけ他の知性類に気を遣うのは人類くらいだが、半分は見物客の収益が目的なのだろう。
「それじゃあ決まりね。明日は三人で〈知性類会議〉の見物に行こう行こう!」
キヨラも同僚の提案を無下にはできず、消極的ながらも首肯して賛同を示した。
〈花の戦団〉に所属する〈花守〉は、休日でも同じ班で行動する者が多い。生命を預け合う仲であるため、親愛の情が湧きやすいからだと言われているが、他者と行動することが苦手なキヨラは辟易しているようだ。
「ハルトシさんはー、知性類会議に興味ありませんか? 私たち、明日見物に行こうかと思っているのですけどー」
おずおずとクシズがハルトシに声をかける。
「あー、そう言えばシロガネ大聖堂が会場だったな。ちょうど明日はクシズ班と内勤の予定だったから、一緒に行けるけど。……邪魔じゃないか?」
「そんなー、邪魔だなんて、とんでもないー……!」
クシズが慌てて首を横に振る。
「そうそう。ハル君も三番隊の男性〈花守〉として忙しいだろうけど、ウタカたちに付き合ってほしいな」
ハルトシはお茶を飲んで答えるための時間を稼ぐ。
〈花の戦団〉は十番隊までの部隊で組織されており、それぞれの部隊には必ず一人の男性〈花守〉が在籍している。一人の男性の他、女性〈花守〉による三人一組の班があり、それが一部隊につき三班存在する。
つまり一つの部隊は一人の男性と、九人の女性〈花守〉で構成されることになる。
ハルトシはその三番隊に所属する男性であり、三班を持ち回りで担当するため女性〈花守〉よりも休日は少ない。
「まあ、そう言ってくれるなら一緒に行こうかな」
「ハル君もそう言っているし、キヨラちゃんもいいよね?」
「はあ、ハルトシがいてもいいと思います」
ハルトシに対しては興味も薄そうなキヨラが頷く。
「そこまでいてほしいって感じでもないんだな……」
「いえ、ただ休みの日にまで一緒にいる必要があるのかと」
「まあ、キヨラちゃんさ、〈花守〉なんだから同行している方がいいよ。……ハル君もその理由は分かるよね」
ウタカの言葉の後半はハルトシに向けられていた。
「えっと、教本に書いていたのは〈花の戦団〉の部隊に男性が一人だけ所属するように、〈花守〉が男女で行動しなければならないことには理由があるってことで……」
たどたどしくもハルトシが先を続けた。
この世界には〈ハナビラ〉と呼ばれる存在がある。それは万物のなかに内在し、この世界に属するすべての物体が存在するために必要とされている源であった。
それが顕現するとき、人間の目には楕円形をした半透明の光として映る。その形が花弁にも似ているため、先人が名付けたのが〈ハナビラ〉という名称だった。
昨日、キヨラたちが草原で倒した喰禍が大地から吸収していた光もその〈ハナビラ〉だった。〈ハナビラ〉を失った物体は存在の安定性を喪失し、それまでの物体ではなくなってしまうため、花や大地が枯れてしまっていたのだ。
その根源である〈ハナビラ〉を失えば万物は存在しえない。その逆に、〈ハナビラ〉を利用すれば人間にも〈喰禍〉のような脅威と戦える能力を得ることができた。
人間のなかでも〈ハナビラ〉と感応し、それを利用して世界から異能を引き出せる人物のことを〈花守〉と呼ぶ。
人間の〈花守〉には男女によって異なる役割がある。
男性は万物に宿る〈ハナビラ〉を顕現させ、その体内に収集することができる。だが、その〈ハナビラ〉を使用して世界から力を引き出すことはできない。
女性〈花守〉は〈ハナビラ〉を操ることで異能を発揮し、〈喰禍〉にも抗しうる戦闘能力を得ることができるが、世界から〈ハナビラ〉を集める術を持たない。
この相反する能力を補うため、〈ハナビラ〉を世界から集める男性と、それを使役することで特異な力を発現する女性が一組になる必要があるのだった。
ハルトシの説明が終わるとウタカとクシズが拍手する。
「ハルトシさん、凄いー」
「うん。よくそんなこと覚えたね。立派、立派」
「そんなことって」
二人から賞賛されながらも釈然としない面持ちのハルトシは頭を掻いている。
長いハルトシの話の間、キヨラは黙って紅のお茶を飲んでいた。
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