第一章 疑惑芽生える知性類会議
第1話 三人の少女
この世界には人類の他にも数種類の知的生命体が存在しており、大まかには七種の知性類に分類することができる。
数千年前から文明を有し、人類の庇護者としての立場を保ってきた第一知性類〈
一方、万物が存在する根源の〈ハナビラ〉を食い尽くし、世界を朽ちさせていく第二知性類〈
知性類は必ずしも人類に友好的な存在ばかりではなく、人類は強大な力を有する外敵に抵抗する必要があった。
そこで誕生したのが、人間のなかで〈ハナビラ〉を利用して特異な能力を発揮することができる存在、〈
八十年前に創設された機関、〈ムラクモ都市国家同盟対外警備戦団〉は都市国家の一つ、ヒカリヨに設置されている。依頼を請けた〈花守〉がヒカリヨから各地に派遣されて〈喰禍〉を初めとする脅威を滅ぼすための機関である。
正式名称は仰々しいが、所属する〈花守〉たちは〈花の戦団〉と自称することが多く、民間にもその名称で定着している。
その〈花の戦団〉に所属する〈花守〉の一人、ハルトシはその本部の廊下を歩いていた。
石材で塗り固められた通路には一定間隔で玻璃(ガラス)をはめ込まれた窓が設けられ、日差しが入り込んで通路内は明るい。通路の壁面には燭台が設置されており、日が暮れてからはそれが光源となる。
通路にはハルトシの同僚である〈花守〉や事務の人間が行き交い、顔見知りに会うと短い挨拶を交わして擦れ違う。
ハルトシ・トーダ。〈花の戦団〉三番隊所属の男性〈花守〉。
〈花の戦団〉に所属して一年になるハルトシは二十二歳。中肉中背で人込みに紛れれば目立たない体格をしており、茶髪で茶瞳を有する外見にも特徴は無い。
黙々と歩くハルトシは外部の人間向けの窓口や事務部署が集まる南棟を抜け、東棟に繋がる通路を進んでいた。
東棟には室内鍛錬場や食堂など〈花守〉や職員のための施設が集合している。ハルトシは東棟二階の喫茶店で早めの昼食を取ろうと考えていた。
東棟に入って二階に上がると喫茶店〈小鳩の集う泉〉がある。広い店内には幾つもの円卓が並び、一方の壁は一面に玻璃がはめ込まれて中庭が見下ろせるようになっている。
白い陽光が降り注ぐ窓際の席に二人の人物が腰かけていた。それがクシズとウタカだと見て取ると、ハルトシはそちらへと爪先を向ける。
「あ、ハル君! 今日はお休みだったの?」
歩み寄るハルトシに逸早く気がついたウタカが手を振っている。
ウタカ・フィーバーフュー・リクゼン。
フィーバーフューは〈花守〉としての洗礼名である。ウタカは十七歳であり、亜麻色の長髪と緑がかった水色の瞳を有する少女だった。頭に小鳥の形を模した髪飾りを着けているのが特徴的である。
大きな双眸に愛嬌があり、軽やかな雰囲気のウタカは先日の戦いでも終始笑顔を浮かべていたが、今も顔を綻ばせてハルトシを見詰めている。常に笑みを絶やさない闊達な少女だった。
「いや、内勤だよ。今日はカラコ班と一緒に都市内の警備でさ、休憩に戻ってきたんだ」
「こっちで一緒に食べよーよ」
「狭いからこっちでいいよ」
にべもなく言ってハルトシは別の席に腰かけた。近寄ってきた店員に軽食とお茶を頼む。残念そうに唇を尖らせるウタカをクシズが宥めていた。
そのときハルトシたちへと近づく人影があり、やはりウタカが目敏く気づいた。
「あ、キヨラちゃんだ。こっち、こっちー」
「二人とも早いのですね」
「うん。お腹減っちゃったからさ、先に食べていたよ?」
「構いませんよ」
待ち合わせをしていたのか、キヨラは頷きながら空いている席に腰かける。クシズとウタカの前には軽食とお茶が置かれていた。
「キヨラさんは何を頼むのー?」
キヨラの向かいに座るクシズが尋ねる。
クシズの外見で特筆すべきところは、常に日傘を所持しているところだろう。そのこだわりたるや、屋内である今でも日傘を差して座っているほどだ。
白い日傘の縁からは様々な魔除けのお札やら人形やらが吊り下げられている。臆病な性格のクシズは、些細な凶兆でも不安を覚えて情緒不安定になるため、世界中の魔除けを集めては日傘に吊り下げる癖があった。
日頃から日傘を差しているせいか、クシズの肌は透けるように白い。紺色の髪と紫紺の瞳がその白皙の肌に映えるようだった。
クシズ・ラベンダー・シナノ。十八歳で二人より年長なのに気弱な物腰ながら、キヨラやウタカと同じく〈花守〉として外敵の脅威と戦う一員である。
「私も何か食べようかと」
「はい、お品書きー」
キヨラは礼を言って品書きに目を通した。そうは言っても日常的に通っているだけあって頼むものは決まっているようだ。
キヨラが手を上げると店員が近寄ってきた。
「
店員が頷いて立ち去ってからキヨラが口を開く。
「クシズさん、相変わらず日傘を差しているのですね」
「ええ。だってー、今日見た夢に黒いウサギが出てきたのよー。西方のミロガルド王国では、黒ウサギの夢を見た日は運が悪いって言い伝えがあるものー」
「よくご存知なのですね」
「そうよー。どこの地域の運勢で不運に遭うか分からないもの、魔除けは手放せないわー」
暗い表情でクシズが
その特徴を気に入ってクシズが好んで口にするお茶だ。
「クシズちゃんは心配性だからね。もっと気楽になればいいのに」
ウタカが窓から差し込む陽光に劣らず、明るい笑みを浮かべる。キヨラが眩しそうにその笑顔を見ていると、注文した品が運ばれてきた。
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