過ち

 夜になった。古都子は時計と輝琉を交互にみた。あと三十分ほどで日付が変わる。先ほどから何度も輝琉に寝るように呼びかけているのだが、全く寝てくれる気配はなかった。大学生にもなればちょっとの夜更かしくらい口うるさく叱る必要もないのだが、今日ばかりは寝てくれないと都合が悪い。




 輝琉はソファに寝そべりイヤホンをしてスマホのゲームをやっている。余程大きな音で聴いているのか呼びかけても返事さえしない。熱中しているようだし、輝琉の性格ならば隣でブルドーザーが作業していても気付かないだろう。昔からそういう子だ。




 古都子はもう待てなかった。一応は長男が起きていることも想定して、足音を殺し階段を上った。途中で警察官になるような男が足音を殺したからと言って気付かないわけがないと背筋を冷やしたが、だからといって途中から足音を立てるほうが不自然だ。


 階段を上がってすぐの長男の部屋は、ドアが閉まっていた。しかし、僅かな隙間から、部屋の電気はついていることが判った。




 古都子はそっと人差し指の腹でドアを押した。長男が中学生の時に理由はなんだったか忘れたが殴りあいの大喧嘩をし、その時に金具も取れてしまったので音を立てずノブを下げなくても簡単に開けられる。


 長男はベッドの上で仰向けに寝ていた。そっと近付く。起きる様子はない。古都子は余計な音や衝撃を起こさないように細心の注意を払いつつベッドに登った。




 帰ってきたときと同じ服のまま熟睡していた。いつのまに飲んだのか、かすかに酒の匂いがする。思い切って馬乗りになってみたが、長男は起きなかった。古都子はいそいそと長男のベルトを緩め、ズボンの止め具に手をかけた。


 瞬間。あの昏い瞳が開いた。


 頭が状況を理解するよりも早く、古都子の身体は弾き飛ばされベッドの下へ落ちた。




「またなのか」




 低く、静かな声だった。




「またって何よ。違うの、これは」




 さすがに違うと言っても何がか古都子自身にもわからなかった。「また」という単語が頭のなかでぐるぐると回り始める。ぼんやりとだが、股間をかばいつつ尻丸出しで逃げていく少年の背中が浮かんだ。七年前の大喧嘩の原因をはっきりと思い出した。

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