エピローグ
勇者は、召喚陣に導かれる。
勇者は、神剣【アルマス・グラム】を装備する資格を持つ者である。
過去の英雄の経験を血肉にできるその神剣を用いて、勇者は災厄を解決する。
数多の英雄譚において、災厄とそれを解決する勇者の姿は謳われてきた。
ただし。
不思議と、その後の勇者の姿が記述されたものはない。
災厄と勇者は、切っても切れぬ関係である。
どちらかが生まれれば、どちらかが生まれる。
即ち。
どちらかが滅びれば、どちらかも滅びるということではないだろうか。
序文でそう述べて以降、私の知りうる限りの知識や考察を書き連ねてきた。
結論は、わからない、という身も蓋もないものではある。
ただし。
決められた運命というものはない。
運命とは自分自身で切り拓くものだ。
例えば。
もしあなたにとって大切な人が、勇者に選ばれたとしても。
あなたがその人の無事と幸せを願い、身命を捧げる覚悟があれば。
あなたの望むように、運命はその道を示すことだろう。
筆を置く前に、序文の反例として。
とある災厄が終結した後の勇者の姿を記述しておこう。
勇者は、さる公爵家の令嬢であった。
災厄が終結した後、令嬢は貴族の座を捨て、平民となった。
今は、海の見える街で、小さな飲食店を開いている。
私の、心から愛する妻だ。
『勇者と災厄概論』 あとがき
著者:ナル・アヴェリア
ぱたり、と本が閉じる音がする。
筆を脇に置いた。
中々、上出来ではなかろうか。
そう思いながら、ぐっと伸びをした。
筋肉が伸びる感触が何とも心地良い。
「あなた、ご飯よ」
扉の向こうから、俺を呼ぶ声がする。
「今行くよ」
答えつつ、立ち上がって。
ドアを開けると、そこには一人の女性が立っていた。
高貴に輝く金の髪と瞳。
大人びた、美しく凛々しい顔立ち。
すらりとした身体に、花柄のエプロンを付けている。
「ミリ」
名前を呼ぶと、最愛の妻は小首を傾げる。
「なあに、ナル?」
「大好きだ。愛しているよ」
感じたままの言葉とともに、華奢な身体を抱きしめた。
妻はちょっとだけ驚いたように身動ぎして、すぐに心地良さそうに目を細めた。
「どうしたの、急に」
「言いたくなったんだ」
「ふふ。そんな日ばっかりじゃない。……うん、そうね。わたくしも」
俺の顔を見上げるミリは、
「愛しているわ、あなた」
そう言って、とても幸せそうに微笑んだ。
大好きな君が勇者に選ばれたから @ShirotaY
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