第11話 雨上がり

「ヤクモ!まだ?!」

 「まったく…のっけから足を引っ張りやがって…。」

 「時間って大事ですよー??」

 「ヤクモ君…。」

 うるさいなぁ…。

 「もうちょっとだけ待ってくれ!」

 俺は、部屋の窓から下にいる4人に声をかけた。 

 「あーもう、本当に…ちょっと私、見てくるわ。」

 キリンの声がしたような気がした。

 俺は、荷物と部屋の最終チェックをしていた。

 また、次の警官候補が、この部屋を使うんだろう。

 面倒見てやってくれよな。

 今までありがとう。

 部屋のドアをゆっくり閉め、鍵をかけ、寄宿舎の玄関に向かう階段を下りる。

 「ヤクモ!」

 玄関の方からキリンの声が響いた。

 「分かったってば…とっ。」

 慌てたせいで、階段を降りきったところで少しバランスを崩した。

 右手に握っていた部屋の鍵がするりと、手からこぼれてしまう。

 その刹那、キリンが、左手で鍵をキャッチした。

 

 俺が、あの日、キリンが落としたイヤリングを掴んだように。


 「まったく、遅いわよ!」

 「ちょっとは待てないもんかね。」 

 俺はため息をついた。

 開け放たれた玄関から、キリン越しに、寄宿舎の庭の花々が輝いている。

 その耳に、赤いルビーのイヤリングが揺れる。

 昨日の大雨の後、そこかしこにある水たまりは、夏の太陽の光を、美しい木々の緑を、向日葵の黄金色を、勢いよく反射していた。

 「何かを待つのは、もうお終いよ。何もかも、自分で捕まえに行くの。」

 駆け寄って来たキリンは、そう笑って、俺の右手を引いた。

 

 ああ、そうか。

 そうだな。そのとおりだ。

 

 雨上がりの夏の青空は、どこまでも広く、遠くまで続いていた。

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アレスターズ 水岡修二 @tt07039999

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