第18話 部長謹製惚れ薬(外道)


 気づいたのは、麻里部長を探していた昼休み頃だった。


 自分の体が、どこかおかしい事に気づいた。性別転換という人生初の一大イベントを経験しての弊害かとも思ったが、自分の体でさえ女体を詳しく見るのは妙な罪悪感が湧いてくる。


 ヤンデレには好かれるが、僕は元々ヘタレである。そもそもこんな根性をしているが故に、苦労しているのであって。

 

 何かを求めて、どうしようもなく体が火照るのだ。


「昼休みが、終わっちゃう……!!」


 結局、チャイムの音を聞くとともに部長捜索は諦めた。


 授業中は、麻里部長のことが気になってあまり集中できなかった。


 なんだ、これは。アラタに媚薬を盛られて以来のそわそわ感だぞ。


 となりの席の神崎さんにはそれとなく心配された。保健室に付き添おうかとも打診されたが、そういった意味の不調ではないと感じたので辞退させていただいた。どこか悲しそうな彼女は見ていて心が痛んだ。


 放課後、ホームルームを終えた後、僕はダッシュで校舎から出た。


 何かのだ。自分が求めるものの匂いが。


 自分の事ながら変態的な能力を発動し、その匂いを追って辿り着いたのはなんと我が家。


 やっぱりアラタの仕業かな、と思ったところで、脳裏にチラつくのは別の存在である、ダウナー系の幼い容姿。


「麻里部長……?」


 白衣姿のお子様が脳内で像を結んだ瞬間、僕の頭は彼女の存在から思考を離すことが出来なかった。


 部長部長と昇進間際の総括課長の如く頭の中で唱えながら、僕は濃厚になるその匂いをより鮮明に嗅ぎ分けていく。


 気づけば、自分でも知らない場所を探り当てていた。


 三神邸の裏庭にある、三番目に背の低い大樹のウロ。そこを覗いてみると、メタリックな輝きがあった。


 しばらく触れていると、金属的な突起に指先がぶつかる。そこを押し込むとガコンッ!と音がして、大きなウロの中に機械的に下へと続く穴を出現させた。ご丁寧に階段まである。


 驚く間もなく、僕は躊躇なくそこへ飛び込んだ。

 


£££



 複雑怪奇な暗闇の中でも、匂いだけは鮮明だった。


 まるで捜査犬にでもなった気分だ。恐らく麻里部長のものと思われる匂い物質を感知して、僕は躊躇わずに歩いていく。


「うわっ、何これ……変な道具がいっぱいある」


 闇の中でもよくよく見てみると、業務用品店の倉庫のような造りの棚が、天井に届くほどの高さで陳列している。そこには妙な器具であったり、用途不明の道具が整然と、もしくは多少散乱しているのが見受けられた。


 恐らくアラタの趣味だろう。まさか地下を改造しているなんて思いもよらなかったが、たまに何も言わずに姿を消すのはここに居たからという事なのだろうか。


 そんな疑問もすぐに頭の中から消えてなくなり、その代わりに、いつもどこかだらしのない部長の顔が思い浮かぶ。


 やはりこれはおかしい。


 しかし、肉体はそれを求めろと言っている。理性は確かに生きているが、それも時間の問題のように思われた。


 そこから少し歩くと、ぼんやりとした光が見えた。距離感が掴めず一歩踏み出せば、額にごつんと、ガラスのような硬質な物体が当たる感触が返ってきた。


「いたっ?……何これ、保管ポッド?ホルマリンっぽいけど……アラタ、また妙なもの作ってるのかな」


 それは遥か昔、テレビで見たエイリアン映画に出てくるような培養槽っぽいものだった。


 その中はぼやけていて、よく見えない。その奥を覗いてみたいような好奇心が一瞬湧いてくる。


 しかし疑問はまたもや、すぐに消える。


 僕はまた、歩き出した。



£££



 匂いがさらに強くなる。


 暗闇でほとんど前は見えないが、もう目的の存在は直ぐそこまで来ているように思われた。


 そして不意に、その瞬間は訪れる。


 それは目に見えて明らかな事態だった。


「あれ、ここだけ明るい……遠くから見ても分からなかったのに」


 それまでの暗闇から一転、まるでこの空間だけ光によって切り抜かれたような場所へと出る。まるでマジック館でショーを体験しているかのような、不思議な演出だった。


「兄さんっ!!」


 そこにはアラタがいた。


 やはりアラタの場所だったかと確信を深めるが、それもやはり頭に浮かんだのは一瞬だけだった。


「うわっ……アラタ?どうしてここに居るの?」


 そうして疑問を口に出したのも束の間、僕の体はアラタの小さくも力強い体に抱きしめられる。

 

 背筋がぴくりと跳ねた。普段よりも妙な感覚だ。触られた部分がとてつもなく熱い。昔体験した媚薬の効果を何倍にも強めたみたいな危険な感覚だった。


「ひゃっ?!ちょっと、アラタ、あんまり触らないで……今、僕ヘンなんだ」


 思わず変な声をあげてしまう。


 しかし、僕もここへ来た目的を果たさなければと思う。


「アラタ、ここに麻里部長来なかった?部長を探してるんだけど……」


 僕がそう問いかけると、アラタはハッキリと言い切った。


「そんな人、どうでも良いじゃないですか。兄さんは、僕だけ見てれば良いんです」


「いやぁ、そういう訳にもいかないんだ。ここら辺から、麻里部長の匂いがするんだけど……」


 そう言ってから、自分が放った言葉の違和感に遅ればせながら気付いた。


 なんだ、匂いって。変態チックにも程があるぞ。


「……兄さんもしかして、あの女に変なことされた?何されたの?ねぇ、教えて?」


「いや、何って言われても……」


 アラタから問い詰められる。あの女、とは、恐らく僕たちの脳内には同じ人物が浮かんでいる事だろう。


 どう説明しようかと身構えるけど、僕が知っていることなんて多くはなくて、全ては予想の範疇を出ないことだ。


 そうこうしているうちに、僕の耳朶を柔らかな声が打った。


「———おや、アキラくん。こんな所で会うなんて奇遇だね」


 その声を聞いただけで脳が痺れた。


 今までも確かに耳にしていたはずだけど、ここまで彼女は魅力的な声をしていただろうかと思い直す。


 が、肉体はその感覚の虜になってやまない。その声だけでなく、彼女の全てを想像して、胸の鼓動がいっそう強くなった。


 そしてその姿を僕の目が捉えた。


 余裕のあるニヒルな笑い方。白衣に身を包んだ少女に見えるが、その表情とのアンバランスさが何より怪しげな色気を持っていた。


 ここまで他人を魅力的だと思えたのは、生まれて初めてかもしれない。

 

 僕の脳は、一瞬で焼き切れてしまった。


「部長————!!」


 そこからは殆ど無意識である。


 アラタの体を押しやって、麻里部長の方へと感情の矛先を向けた。


 いつの間にか全身で部長の小さな体を抱きしめており、早鐘を打つ鼓動が部長の心音と重なるたびに、肉体を迸るのは甘い感覚だった。


「アキラくん?どうしたんだい、こんなに熱烈に私を求めるなんて」


「い、いえ、部長……これは……」


「これは……なんなんだい?」


 穏やかな部長の声が聞こえる。神経を通ってその声が僕の肉体を震わすたび、僕は心地よい感覚に酔ってしまいそうになる。


「すみません……ヘンなんです。何故か、部長の事を求めて仕方がないんです。明らかに、部長がなにかしましたよね?そこのところ、どうなんですか?」


「なんだ。アキラくんは分かっていたのか。気づいていたとは驚いたよ」


 部長は少しも驚いたようなニュアンスを含ませずにそんな事を言った。


 こんなに素直に認められると逆に感心するが、そんな事をしている場合ではない。


 今も僕は部長の体温を感じている状態であるから、理性はゴリゴリと削られていく。野性との狭間で戦いながら、僕は部長に問いかけたのだ。


「性転換のクスリは、まだ試作段階だった。しかし殆どの作用は製品版と代わりないものにしたつもりだ。その作用の一つがこの、とてつもない性欲というわけだ」


「はい?」


 一瞬、脳がフリーズした。


「順を追って説明しよう」


 僕の肉に埋もれた部長が、フガフガ鼻を鳴らしながら普段のように冷静に講義を始める。

 

「この製品を作るにあたって、厚生労働省医薬・生活衛生局から連絡があった。薬剤師の国家資格を認定しているところだな。その内容は、性転換のクスリを調剤した場合の、少子化のリスクだった。性転換した場合の当人の性的嗜好は、もちろん転換後の性と噛み合う場合もあるだろうが、そうでなかった場合、日本……いや世界の少子化が加速度的に進みかねない」


 部長はそこで一区切りして、僕の胸を一揉みした。


「ひゃっ?!なに、するんですかっ……」


「少し興奮しただろう?私は少子化対策のために性的好奇心を強める目的で、従来の性欲を増大させる作用をこのクスリに組み込んだのだ。それによって男性・女性ホルモンはより活発になり、性自認が進む。少々直接的ではあるが、これによってさらなる少子化を防ぐどころか、出生率の増加すら見込めるだろう」


 揉まれた胸の部分は、確かになんとも言えない感覚があった。女性である部長にメス堕ちさせられるとか、かなりの不本意だけど、それもだんだんどうでも良くなってくる性欲の怖さよ。


「ぐっ、アキラくん……気持ちは嬉しいが少し力を弱めてくれないか……話しづらい」


「ぶ、部長のっ、せいじゃないですか、責任とって、下さいよ……!!」


「それでは、アキラくんが我慢出来なくなる前に説明を終えるとしよう」


 部長はそう言いながらも、悠長に言葉を続ける。


「こうして性欲マシマシ計画は始まったわけだが、逆の懸念も出てきた。増大させる性欲のレベルを間違えれば、世に性犯罪者を溢れさせてしまうかもしれない、というもっともな懸念だ。それに社会倫理的にも少し怪しい部分があり、結局は誰かで治験を行うことになったのだが……まぁ、私の知人で協力してくれそうなのがキミしか居なかったわけだ。遅ればせながらすまんな」


「でもっ、それだけじゃ、説明つかないことも、あり、ますっ……!!」


 息も絶え絶えになりながら、僕はそう主張する。


 急に僕の鼻が良くなったり、部長のことに夢中になったり、この根拠が明らかに今の説明には不足している。


「まぁ、ここからが結論だ。————私は最終的に治験を行うとなった時、真っ先にアキラくんが思い浮かんだわけだが……キミが性転換後の異性に性欲を抱いてしまったら、色々と不都合があると思ったのだ。だから私は自分の細胞を利用して、このクスリの服用者にはその多大な性欲を私に向けさせるようにしたのだ。これならば被害の及ぶ範囲は私の手の届く内に留まる。追加で感度を60倍にしたのは、まぁ、趣味の範囲だな。私の指先一つでよがり狂うアキラくんが見たかっただけだ」


 部長が試しとばかりに人差し指をのばし、僕の脇腹辺りをなぞる。


 思わずその快感に体を震わせるが、その話の畜生度に僕は抗議を行う。


「げ、外道……」


「ふふん。嬉しい癖に、何を言う」


 ニンマリ笑う部長は、やはり悪魔のような人間だった。


 


 


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ヤンデレがいる日常より 御愛 @9209

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