初戦闘

受付嬢から許可を得たボクは、逸る気持ちを抑えているつもりではあったのだけど、自分でも分かるくらいに早足になっていた。


ゲームとはいえ、今から生き物を殺そうというのに、ボクはワクワクが止められない。


現実では有り得ない力を持っている"ヒカル"という存在が、このエピタフという世界の中で一体どんなことができるのか?それを考えるだけでボクの脚は軽く、自然と早足は駆け足に変わっていた。


門に向けて走るボクはどうやら異様に映るようで、通りにいる人達は一様にこっちを見つめていた。


とは言っても、走ればわずか1分かそこらの道のりだった。気付けば門の前に到着し、今度は外に出る列に並ぼうと思ったんだけど、


「あ!"旅人"さん!…もう出ていかれるんですか?」


入ってきた時に応対してくれた門番が悲しそうな顔をしていた。


「いや、ちょっとゴブリン狩りに行くだけなんで、すぐ戻りますよ?」


門番の表情は一気に明るくなり、


「ホントですか!よかった〜!でしたら、どうぞお通り下さい!お戻りの時には詰所に声をかけていただければすぐにお通ししますので!」


いや、これだけの壁を持った街の警備がそんなザルでいいのか?


「ありがたいんですけど、大丈夫なんですか?」


「もちろんです!別に私の一存で言っているわけではありませんよ?"旅人"の方達はすぐにお通しするように領主様から伺っていますので!」


ある程度わかっていたことではあるけど、どうやら最低でも街ぐるみで"旅人"を優遇する措置がとられているらしい。


これが領主の主導なのか?もしくはもっとの意思なのか?それがわかることで何が変わるということでもないけど、ちょっと気にはなるな。


「じゃあ、ありがたく優先してもらいますね。帰ったらまたお願いします」


「ええ!お気を付けて!」


門番の輝く笑顔を背に、ボクは草原を駆け出した。





そして戻った。


「あの、ズィーゴック平原ってどっちに行けばいいですか…?」


───


門番によるとズィーゴック平原でゴブリンが出没する場所は、門を出て真っ直ぐ行った所らしい。


「いや真っ直ぐって言われてもな。僕の方向感覚なんて全く当てにならないぞ」


人間の方向感覚なんて雑なものだ。真っ直ぐ進んでいるつもりでも、気付けば大きく曲がっているのが普通だろう。


「一応太陽の位置を基準にして進んで来たけど…」


太陽を基準に動いたところで、現実の太陽と同じ様に動いているとも限らないし、そもそも太陽から方角を見る方法がよく分からない。


「まあ、なんとかなるだろう。最悪ゲームオーバーになりだけだし」


最初の街に到着しただけで、まだ何もしていない状態だ。ゲームオーバーになったところで失う物は特に無い。


"門から真っ直ぐ行った場所"を雰囲気で感じながら適当に走っている。受付嬢は馬で1時間と言っていたけど、ボクの脚ではどれくらいかかるんだろうか…。


普通に考えて人間が走るよりも馬が走った方が速いのは間違いないけど、別に馬で移動するからって、馬が常に全力疾走している訳ではないはずだ。


全力疾走でも5分くらいスタミナがもつのはわかっているし、長距離走をするつもりでランニングしている。


───


どれくらい走ったんだろうか。太陽の傾き具合からすると、多分1時間は走っていると思うんだけど。


周りを見ても一面の草原が広がっているだけだ。遠くに山が見えているので、それが目印と言えないこともないかもしれないけど。


この世界の人達はどうやって方角を確認してるんだろうか?コンパスとかか?


少し疲れたので息を整えながら歩いていると、急に何かに触れた様な気がした。


蜘蛛の巣にでも突っ込んでしまったような感覚。


ほとんど空気みたいなものではあるけど、確かに何かを通り抜けたような触感。


周りを見渡してみると、そこにはさっきまでいなかったはずの緑色の人型が立っていた。


「これが、ゴブリン…」


いつの間にそこにいたのかが分からない。体色が緑なので、迷彩効果があるのかもしれないけど、

ボディビルダーみたいな体型で、肩に重機乗っけてんのかい!という感じだし、ゴブリンと言えば腰布みたいなところがあったけど、パツパツのショートパンツを履いている。


「いやいや、ゴブリンってそうじゃないだろ」


ゴブリンの腰に提げられているショートソードは剥き身で、よく磨かれているのが分かる。かなり切れ味が良さそうだ。


防御面は筋肉の鎧、攻撃面は磨かれた剣。もはや国民的と言ってもいい(私見)雑魚キャラにはとても見えない彼は、サイドチェイスをキメながらこっちに熱い視線を送ってくる。こっち見んな。


「ゲベべぇ〜」


笑っているのだと思われる気色の悪い声を上げながら、ボクを熱の籠った眼差しで見つめてくる緑のマッチョマン。寒気がする…。


ボクは本能的に危機を感じ、臨戦態勢に入る。


片手で持っていた鉄棒を両手で構え、膝を柔らかく曲げ、軽く腰を落とす。


ボクがどうするつもりなのか感じとったのであろう、ゴブリンはニヤッと口角を上げて、剣を地面に突き刺した。


ゴブリンは掌を上に向け指をクイクイと動かしている。まさかとは思うのだけど、挑発されているのか?素手でやり合おうというのか?


「いいよ。素の戦闘能力も試したかったんだ」


挑発をしていたんだとすると、それに乗るのは気分が良くないが、素手の殴り合いをご所望というならば、答えてあげるが世の情け。


ボクも鉄棒を地面に投げ、なんとなく昔読んだ格闘漫画風に構えてみた。


爪先に重心を起き、脚は前後に自然体、身体は半身にして、えーと、あとはなんだったかな…。


「まあ適当でいいか。漫画を真似したくらいで強くなるわけじゃないんだし」


ボクが構えるのを緑の筋肉紳士は待ってくれていたようだ。彼は腰を深く落とし、両腕を引き、今にもボクに掴みかかって来そうだ。


えっと、開始の合図はどうすればいいんだろうな。野生動物との戦いくらいに思っていたから、こんな正々堂々と立ち合うパターンなんて想定外だ。


ボクが困っているのを感じとったのか、ゴブリンは構えを解き、こちらに歩み寄ってくる。近付かれてようやくわかるというのもおかしな話だけど、ゴブリンの身長はおそらく190cmを超えているだろう。かなりの巨躯だ。190cmの骨格に乗った隆々の筋肉、体重は100kgを超えているはずだ。


おそらくボクの身長よりも20cmは高いゴブリン。

軽く見上げるような形になってしまう。


「凄い圧迫感だな」


ゴブリンはなんの注意も払っていないような姿勢でボクの目の前に立ち、ゆっくりと腕を伸ばし、固めた拳を僕の前へ差し出す。


コイツ、ボクシングの知識でもあるのか?


いいだろう。格闘技なんか知らない僕でも知っている。戦う前に対戦相手と拳を合わせることで開始の合図にするんだろう。


ならば僕がするべき事はたった一つのシンプルな答えだ。


ボクもゴブリンが差し出した拳に合わせるように左の拳を突き出しながら、右の拳を引き、右脚に体重移動する。


左の拳がゴブリンの拳と接触する直前、ボクは思いっきり左腕を折りたたみながら、右脚を蹴り出し、ー腰を回転させる。


腰は反時計回りに回転しながら、力を右腕と左脚に伝導していく。


踏み込んだ左脚によって堰き止められ力は、そのまま右の拳に…。


平たく言うと、ゴブリンが舐めた行動をとってくるので、乗ってあげるフリをして不意を打った。


ボクの全力グーパンは、ムキムキゴブリンの横腹にやや斜め下から突き刺さり、衝撃と共に、一瞬ではあるがゴブリンの身体を重力から解放した。


ゴブリンは1mほど横に飛ばされたが、すぐに立ち上がろうとしている。


なんとか立ち上がったゴブリンは喀血しながらも、ボクを睨みつけている。


一応ボクが考えうる限り全力で殴ってみたんだけど、どうやら肋骨が折れて肺に刺さってしまったようだ。


ボクは冷静にゴブリンの動向を見ていたのだけど、ゴブリンは覚束ない足取りで後退り始め、逃走を試みようとしているのだろう。まだこちらに注意を払っている辺り、高い知性を感じるので、


「いいよ。さっさと逃げな」


ボクは掌を下に向けて、シッシッと追い払うジェスチャーをする。


ジェスチャーの意図を察してくれたんだろう。ゴブリンはゆっくりと後ろを向き、右の脇腹を庇うように歩き出した。


ゴブリンが去っていくのを確認したボクは、放り捨てていた鉄棒を拾い、走る。ゴブリンに追いついたボクは、後頭部に向けて鉄棒を振りかぶった。

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エピタフ・オンライン(仮) 崖淵 @gakefuchi

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