依頼

「ではしばらくお待ちください」と、応接室を出ていったアリスさんが戻ってきたのは5分ほど経った後だった。


「普通は受付で順番待ちをして、依頼表から選んでもらいますが、今回は特別に私からの依頼を貴女に渡すよう指示しておきました」


アリスさんは応接室のドアの前に立ったまま、ボクに退出を促してくる。片手でドアを開き、空いた手で「どうぞ、さっさと行け」というジェスチャーをしているようだ。


「ありがとうございます。早速行ってきます」


キチンとお礼を言う。今後の関係のためにも、小さな事から積み重ねないとね。


───


ボクがアリスさんに言われた通り、受付に戻って来ると、先程の受付嬢が声をかけてくれた。


「ヒカル様!大丈夫でしたか!?課長に何かされませんでしたか!?」


アリスさんは一体何をすると思われてるんだ。


受付嬢、レーリャさん?(リーリャさんだったか?)はボクを見つめて目をウルウルさせている。率直に言って可愛い。やっぱり小さい女の子は可愛いな。


「特に何もされてませんよ?強いて言うならボクに依頼を出してくれたくらいじゃないですか?」


「ホントですか!?でも課長ですよ!?」


だからアリスさんは何をすると思われてるんだよ。


「あの、ホントに大丈夫なんで、依頼の件を…」


「あ。す、すみません…。こちらです…」


受付嬢はシュンとしてしまった。ごめん。早く本題に入りたいんだ。


受付嬢が出して来た依頼書は、如何にも"役所の書類"といった見た目で、依頼者の情報や依頼内容、依頼があった日、期日等が記載されている。


「ここにお名前と、こちらにはご住所の記載をお願いします。もし住所が固定じゃなければ、滞在中の宿屋のお名前でも構いませんよ」


ボクはとりあえず名前を記入したのだが、


「住所と言われても、今日、今さっきここに来たばかりなんですが…」


当然のことではあるけど、ボクはさっきエピタフを始めて、さっきこの街に着いたところだし、宿泊施設なんて決まっていない。


どうしたものかと考えていると、受付嬢の目が死んでいた。そうだよね…住所不定無職なんてヤバいよね…。


の皆様にはまず初めに宿泊可能な拠点を用意する事をオススメしております。宿泊施設ではメインメニューからログアウトを選択する事ができます。簡易的なテント等でもログアウト可能ですが、セキュリティが緩い場所でのログアウトだと、ログアウトしている間に窃盗等の犯罪にあう可能性もありますのでご注意ください」


急にチュートリアルが始まったみたいなんだけど、受付嬢の目が怖すぎる。完全に目が死んどる。死んどるんや。


「メインメニューは左腕の紋章をタップする事でご利用頂けます。運営からのお知らせ等、複数の機能がございますので、是非ご活用ください」


チュートリアルを終えたのであろう受付嬢の目には生気が戻っており、こちらを見つめてきている。


「どうかしましたか?あ!そういえばヒカル様はこの街に来られたばかりでしたね!今回の依頼の後でも構いませんので、どこかの宿屋をご利用下さいね!」


「そうですね、お金の持ち合わせがないので、今回の依頼料で宿を探そうと思います」


依頼書に記載されている報酬額は1,000Gとなっているけど、多分単位はゴールドなんだろうな。


わかりやすくていいんだけど、1ゴールドの価値がどの程度なのか、ここで聞いてもいいけど、実際に街を見ながら見聞を広めるのもいいかもしれない。


「それじゃちょっと行ってきます。『ゴブリンを3体討伐』してくればいいんですね?」


「はい!ゴブリンの3体討伐お願いします!」


「これって、いわゆる指定部位を持ってきたりする必要があったり…?」


正直気持ち悪いんだけど。


「あ、"旅人"さんにはそういうのは無いですよ。腕の紋章を見せていただければわかるので。他のハンターさん達は指定部位を持ってきていただく必要がありますけどね!」


それはかなり助かるな。依頼書にあるのようなものを見る限り、ゴブリンは想像通りの見た目をしているようだし、外見はかなり人間に近い。


今のところは忌避感のようなものを感じるということもないけど、実際に対面した時にボクは何を感じるだろうか。


「じゃあ早速行こうと思います。ちなみに場所はどこなんでしょうか?ズィーゴック平原と書かれていますけど」


「ズィーゴック平原は街の正門を出てすぐの草原の事ですよ。流石に街の近くにはゴブリンどころか、その他のモンスターもいませんけど、馬で1時間も走れば街の勢力圏を外れて、モンスター達の勢力圏に入ります。課長からの依頼はゴブリン3体の討伐ですが、ハンターギルド常設の討伐依頼でも、ゴブリン3体討伐ごとに500Gをお支払いしますので、余裕があればお願いします!」


めちゃくちゃ流暢に営業トークをしてくる受付嬢は輝いて見えた。でも喋ってる事は結構剣呑なんだよな。大人が2人でようやく倒せるモンスターの討伐を当然の様にお願いするのは、普通に考えると結構ヤバいよね。


「なるべく頑張りますよ。欲しい物も色々あるんでね」


そう。今のボクは着の身着のまま、傾奇者スタイルは結構カッコイイけど、もうちょっと防御面も気にしたいし、そもそも素手でモンスター狩りなんかできるんだろうか。


「もしかして、武器が欲しかったりしますか?」


「あ〜、わかります?」


「当然です!ハンターをしている人は何かしら武器を持っていますから!今の"旅人"さんはどう見ても手ブラですし。よろしければギルドの貸出武器を持って行って下さい!狩猟課棟の入口にありますから!」


「それはありがたいです。ボクも素手じゃ不安だったんですよね」


狩猟課棟とは、さっきの応接室があった方とは逆側の建物の事だろう。


「それじゃあそろそろいきます。色々ありがとうございました」


「そんな!お礼なんか!"旅人"さんのお役に立てたなら本望です!」


溢れ出るに愛想笑いを返しながら、ボクは貸出武器があるのであろう場所へと向かう。


受付嬢が言っていた場所には、樽の中に乱雑に突っ込まれた武器がたくさんあった。

100を超えているであろう数の武器達は、どれも汚れ、傷み、まともに使えそうな物は無い。


「よくこれをだって言えたな…」


血糊で錆びた剣に、弦が弛んだ弓、刃が欠けた斧。


剣や斧はまだ鈍器として使えなくもないだろうけど、弓は無理じゃないか?弦を張る技能くらい当たり前なんだろうか?


そんな中に1本だけ輝いて(?)見える武器を発見した。


「これは、鉄鞭…かな…?」


鉄鞭と呼べばそれらしいけど、実態はただの鉄の棒だな。金砕棒と呼ぶには細いし、殺傷力が低く感じるけど、鉄鞭と呼ぶには大きくて太い。

直径は5cmくらいかな。長さは1mはあるだろうか。

持ち手も何も無い、直径5cmくらいの鉄棒。

他の武器に比べてやけにキレイだ。血も付いていないし、破損も見られない。


蛮人のには高度な武器が使えないという特性があるはずだけど、どの程度が高度なのかがわからない。


そこでこの鉄棒はどうだろうか。


「うん。どう見ても高度な武器ではないな」


ある意味最高に単純な武器だと言えるだろう。


「よし!君に決めた!」


武器種としては"棍棒"に含まれるだろうか。


棍棒を振り回す蛮人。実に様になるのではないだろうか?


一応受付嬢の所にコレを持って行って許可を貰っておこうかな。


───


「あれ?おーい。誰かここに置いておいた短槍の柄を知らないか?」

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