ヒカルという旅人

門番とのやりとりを終えたボクは無事に街の中に入っていた。


普通は門を潜る際に金銭を支払う必要があったようなのだが、旅人は無料らしい。


今は門番に教えられた"ハンターギルド"という場所に向かっているところだ。


こういう時は冒険者ギルドだろう!と思い、門番に聞いたのだが「はぁ…、冒険者ですか…?」という生返事と共に、可哀想な人を見る目をしていた。

新世界に来て早々に可哀想な人認定を受けたかもしれない。


しかし、念の為門番に冒険者のイメージを伝えると、「ああ!それならハンターギルドですね!」と言ってくれた。彼の素敵な笑顔は忘れない。

そりゃあ嫌でしょうね。丁重に相手をするべき相手が可哀想な人だなんて。


壁の外側を回っている時にわかってはいたけど、壁の中はかなり広いようだ。

多分街の真ん中にあるのであろう洋館は、お城とはいかないまでも、随分と大きく見える。というのも、かなり遠くに見えているので、いまいちサイズ感がわからないのだ。


「多分あれが領主とか、代官とか、そういう感じの人の住んでる館なんだろうな」


ああそうだ。忘れていた。何がどうなればそうなるのか全くわからないし、わかりたくもないのだけど、ボクの体は立派に女体化していた。


この世界には普通にガラスというものが存在しているようで、街の中を歩いているだけで嫌でもそれをわからされてしまう。


女性物の服を売っている店のショーウィンドウを見れば、虎柄ベストにローライズのショートパンツ、胴体にはサラシを巻いているイケメン(?)女子が写っている。


うん。紛れもなく女子だ。胸は大きいとは言えないけど小さく膨らんでいるし、男の真ん中ある突起物の膨らみは無い。腰の感じとか女性特有のセクシーさが出ているし、多分性別を超えてモテるタイプの女性だな。…まあボクなんだけど。


顔は完全にカッコイイ系だ。中性的と言うんだろうか、服装次第では美青年でも通るだろう。実は顔の感じはほとんどボク自身なんだけども、こっちの世界のボクはキリッとしている。


ちなみに全く嬉しくない。現実で女子に間違えられる男がガチの女子になってしまった。悲しみこそあれ、喜びなんてとても…。


しかし、カッコイイお姉さんだ。自分であって自分でない、アバターとして考えるならとてもいい。


強いて言うのであれば、いや最低条件として「男」でありたかったという部分はどうやっても拭えないのだが。


───


門からの一本道、街を眺めながら歩いている。


たまにあるガラスを見る度に、複雑な気分になるのだが、そうこうしているうちにどうやら目的地に到着したようだった。


その建物は領主(?)の館より小さいとはいえ、日本の地方都市の市役所くらいのサイズがある。


建築様式は結構現代風なのかもしれない。レンガ造りのビルとしか言い様がない建物は、2棟に分かれており、1階部分だけが連絡通路になっているようだった。


1階の2棟を連結しておる部分には質実剛健な感じの重厚な木製ドアがついており、どうやらそこが正面玄関のようだ。


門番から聞いた限りは公共施設のようだし、ノック無しでドアを開く。


床もレンガで作られており、少なくとも日本では味わえない"異世界感"を感じとる事ができる。


玄関正面には半円形になった受付カウンターがあり、その裏には事務室が存在しているのであろうドアが見える。


カウンターには簡易的な仕切りが設置されており、10人は同時に立てそうに見える、一応窓口毎に1人ずつ立つのだろうけど、今は3人しか受付はいないようだ。


ボクは受付の人達をよく観察する。何故かって、そりゃあこういうタイミングで最初に受付を担当した人が、後で色々と世話を焼いてくれるのがお決まりだからだ。


最低限女性に受け付けてもらいたい。ボクは普通に女性が好きなのだ。ボクは右にいる女性に狙いを定め、意を決して声をかけた。


「あのー、すみません。初めて来るんですけど、とりあえずここがどういう場所なのか教えてもらえたりしますか?」


声をかけた受付の女性は小柄で、多分身長は150cmも無いだろう。小柄な女性は結構好きだ。だってボクは男の癖に小さいからな。ボクより小さいってだけで好感が持てる。


「あら、もしかして"旅人"様ですか?」


ここでも旅人として扱われるらしい。みんな一体どこを基準に判断しているのだろうか。


「あー、多分そうだと思います。自覚はあまりないんですけどね」


「やっぱり"旅人"様なんですね!こんなところで立ち話もなんですから、ひとまず応接室までご案内しますね!」


一度奥の扉に消えた女性は、カウンターの脇にある扉から現れ、ボクの手をとって歩き出した。


「応接室はこちらです。どうぞご一緒に」


カウンターから離れ、正面玄関から見て右の方にあった建物に向かっていく。


右の建物と繋がっているのであろう木製のドアは、異様に豪華だった。いや、金銀宝石が嵌っていたりする訳ではないのだけど、やけに手の込んだ彫刻が施されており、どう見てもお高い。


扉に掘られているのは女性なのだろうか。見た目は女性で間違いないと思う。でも顔の部分が彫られていないというか、完全な平面になっている。


「そちらはルメス様ですよ。死者を天界に連れて行ってくださる神様なんです。ハンターは常に危険と隣り合わせですから、ほとんど全てのハンターがルメス教徒なんです」


教会でもないのに、信仰対象が彫られているとは。随分と宗教に熱心な世界なんだろうか。大丈夫かな。めっちゃ高い聖典とか壺とか買わされないだろうか 。


「さあどうぞ、お入り下さい」


ルメス様が彫られていたドアを開けた先、一番手前の部屋に案内された。


「ようこそいらっしゃいました"旅人"様。どうぞこちらへおかけください」


通された部屋で待っていたのは50歳を過ぎているであろう女性だった。若いとは言えないが、おばあちゃんとも言えない、絶妙なお年頃だろう。


黒に近い、濃い赤のローブの下にはYシャツを着ている。このゲームの時代背景はどうなっているんだろうか。


目に宿る力は加齢ではなく、年の功を感じさせてくる。この目線はアレだな。


「ちょっとそこの君?家出?」と聞いてきた警察官に「いや、家出も何も一人暮らしなんですけど」と言ったら「親御さんに連絡してあげるからちょっと交番まで来なさい」と言われる時の目だ。


ええ。よく中学生に間違われます。良くても高校生。悪ければ小学生と間違われます。もちろん女子のな!!


夜中にコンビニにもいけないです。折角の一人暮らしなのに。大学生なのに。


話は戻り、目の前の女性だが、どうやらボクのことが信用出来ない、そんな目で見ている。

応接室にある質のいいソファに座った彼女は、腕を組み、脚も組み、ボクを睥睨している。


つまり、何故かボクを"旅人"様と呼んで、無条件に敬っている人達よりもということだ。


人を身分で判断し、無条件に信用してしまうなんて、愚の骨頂。「先生」と呼ばれるような人種が全て善人と思っているのと大差ないだろう。


是非ともこの女性から話を聞いてみたい。このあまりにも現実でしかない世界の事を、この女性から。


「あの、お名前をお聞きしてもよろしいですか?」


まずは名前を尋ねる事にした。あっでも、もしかしてアレがきますか?


「"旅人"様、人に名前を尋ねる時はまず自分から名乗るものではありませんか?」


綺麗な、よく通る声でお決まりのセリフを頂いてしまった。一度は直接聞いてみたいセリフランキングでも上位だ。


「ちょっと!課長!」


扉の横に控えていた小柄な受付嬢は、「課長」と呼んだ女性を咎めている。


ボクは受付嬢に向かって片手を上げ、制止する。礼を失していたのはボクの方なのだ。「課長」は何も間違っていない。


「失礼しました。ボクはヒカルと言います。課長さんのお名前をお伺いしてもよろしいですか?」


改めて名乗ってから名前を尋ねると、彼女は小さく「フゥ」と溜息を吐き、ボクの目を真っ直ぐに見つめた。組んでいた腕と脚を解いたのは、若干でも警戒心が和らいだ証拠かもしれない。


「私の名前は、アリスと言います"旅人"様。このハンターギルドで"魔術課"の長を務めております。もしこのズィーゴックの街に滞在されるのであれば、是非"覚えておいてください"」


やけに「覚えておいてください」を強調する自己紹介だったことは一旦忘れておいて、この街はズィーゴックという名前なのか。どこかの水泳部なメカニックを思い出す名前だな。


それに"魔術課"ね。ハンターギルドには色々と他にも"課"があるんだろうな。うん、効率が上がるからね。分業は大事だ。

他に何課があるのかも気になるし、それ以外にも色々と聞きたい事がある。


もちろん早く冒険がしたいんだけど、気になることを解消する大チャンスな気がするし、アリスさんとは懇意にさせてもらいたい。


「良ければボクのことはヒカルと呼んでください。もちろん敬称は不要です。ただのヒカルです」


ボクとしては、「腹を割って話したい」というメッセージを込めたつもりだ。真面目な顔をして見つめればなんとか伝わらないものだろうか?


「ハァ」と、また溜息を吐いたアリスさんは、おもむろに立ち上がりドアの方に歩いていく。


「レーリャ、貴女は受付業務に戻りなさい。"ヒカル"の対応は私一人で大丈夫です」


そう言ったアリスさんは、受付嬢が「え、ちょっと!課長!ずるいです!」等と不平を垂れ流しながら閉め出されてしまった。


後ろ手にドアを閉め、なんなら鍵も閉めたアリスさんは椅子に戻ってくる。


「それで、ヒカル。"旅人"というのは一体なんなんですか?」


おっと、こちらから質問したかったのに、機先を制されてしまった。しかも、それはこっちが聞きたかった質問の一つでもある。


「それにはお答えできないんですよ。ボクも知りたいくらいでね。アリスさんは何かご存知じゃないんですか?」


「何も存じちゃいませんよ。ただ、いくつか他の街にから情報は入ってきています」


なるほど、他のプレイヤーのことだろう。


それにしても、サービス開始からまだ1時間も経過していないのに、既に情報が入っているのか。

電話かFAXか、それに近い通信機器が存在してるのは確実だろうな。


「それは一体どんな情報なのか、教えて頂いたりはできませんかね」


ボクの質問に対して、アリスさんは目を細め、ボクの顔を観察している。もしかして表情から感情を読んだりできます?


「まあ構いません。他の街からは、数人の"旅人"の怒りを買った住民が切り捨てられたり、強引に家に上がりこんだ"旅人"が家の物を勝手に持っていったりした、という情報が上がってきています。寧ろ通報と言った方が正確かもしれませんね」


「それは…、非道いですね」


彼らが現実でどういう人間なのかは知らないが、ゲーム内で"悪人プレイ"をする人は一定数存在している。そういう類いの人間には好感が持てないが、批判するとまではいかない程度の感情しか湧かないな。


プレイスタイルは人それぞれ。ボクは出来れば"脳筋プレイ"をしたかったんだけど、成り行き上とはいえ"策士系"みたいなことを現在進行形でしている。


「ヒカルはどうやら違うようですが、お気づきの通り、私は貴女や、他の"旅人"に対して懐疑的です。こんな通報があれば当然と、理解頂きたいものです」


まあ当然だろう。NPC達にどの程度の思考が存在しているのか分からないけど、何人かと接してきた限り、高度なAIを通り越して人間そのものだ。

そんなNPCに対して、敵対的な行動をとったのと同種の人間がいれば、警戒されて然るべきだろう。


「お気になさらず。ボクはそんな事をするつもりがありません。街の方達とは友好的な関係でいたいですから」


「如何にも"私は野蛮です"と言っているような見た目で、貴女は随分理知的なのですね」


あー、うん。そういえばボクは蛮人だったね。うん。


「いいでしょう。信用するということにしておきます」


「助かります」


素直な感想だった。一応、「ボクの同族が迷惑をかけてしまってごめんね」という気持ちでございます。口には出さないけどね。


「それで、当ハンターギルドへはどういった御用ですか?」


ようやく本題に入れそうだ。


「ボクは自分を鍛えたいと思いこの世界にやって来ました。門番にその話をしたところ、ハンターギルドを紹介されたんですよ」


恥ずかしい話は伏せる。当然だよな。


「確かにウチにくれば目的は達成できるでしょう。見たところ貴女は前衛職のようですし、本来なら"狩猟課"の方の領分なんですが、今日はアチラの"課長"がお休みですし、明日会えるようにコチラで手配しておきましょう」


おお。狩猟課とかいう新ワードが登場した。

名前からして、ハンターギルドの花形みたいな部署なんじゃないだろうかと予想。


「今日のところはワタシから簡単な依頼を出させてもらいましょう」


「依頼ですか…?」


もちろん大体の想像はつくけど。


「ええ。ハンターギルドでは狩猟に関する斡旋を主な業務として扱っています。野生モンスターの討伐が最も多い依頼内容ですから、武者修行と称して依頼を受けに来る人間もそれなりいます」


まあそうだろうな。概ね予想通りだけど、"武者修行と称して"ってなんだろう。武者修行にはならないってことか?それとも、


「もしかして、物凄く危険だったり…?」


「当然でしょう。野生のモンスターと言えば、最下級のゴブリンであっても一般的な男性が2人以上必要です」


危険は当然の事と、涼し気な顔で言い切るアリスさん。この世界のモンスターの危険度が伺い知れようというものだ。


「どうしました?まさか、怖気付いたのですか?」


初めて見たアリスさんの笑顔はボクに対する嘲笑だった。馬鹿にしたように口角を上げる彼女の表情は、"一応信用する"と言った相手に向けるものではなかった。







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