エピタフの中へ

「"蛮人"でお願いします」


ボクがお願いした直後、ボクは草原に立っていた。一面の草原ではあるが、遠くに森のような木の生い茂った場所や、岩肌が剥き出しになっている山、城壁のような壁が見えている。


オープニングなんだから、もっと色々と演出があると思っていたけど、やけにアッサリしたスタートになったな。


というか、本当に始まってるんだよな?


体にほとんど違和感が無いというか、違和感が無いことに違和感がある。


普通にボクという存在が肉体を持って「ここ」にいるという実感がある。


視覚は草原を捉えて、現実と区別がつかない。

聴覚は風で揺れる草の音を捉えている。

触覚は流れる風の機微を感じ取っている。

嗅覚は少し生臭い、青臭い香りを訴えている。

味覚は未使用だが、蜘蛛の味を確かめたりはしない。絶対だ。


「五感のフィードバックが完璧って話は本当だったんだな。これだけリアルな感覚があると"痛み"が怖いな」


皮膚を軽く抓ってみると確かに痛い。本当にここがゲームなのか、ボクは夢でも見ているんじゃないだろうか。


夢の方がまだ現実味を感じられる気がする。それほどにまでこの"世界"は完璧だ。


「これがエピタフか…」


このままでは感動している時間だけで日が暮れてしまいそうだ。


感覚の次は身体能力を確認してみたい。


"蛮人"補正で身体能力が上がっているはずだし、まずはあの城壁まで走ってみようかな。


基本的にはオープンワールドのRPGのような作りだろうし、まずは人里に行く必要があるだろう。


「よ〜し。どれくらい現実と違うのか体感したいし、全力疾走でいってみよう」


ちなみに"蛮人"の能力補正は以下のようになっている。


筋力 E

魔力 G

敏捷 F

技量 G

耐久 F

精神 F

?? -


他を全て見たわけではないけど、剣士や魔術師のメジャーどころを見たら、EとFが1個ずつに他が全てGだったので、蛮人の補正はかなり優遇されていると見て間違いないと思う。「??」、幸運と言われた項目はブランクになっているが、他のジョブでもそうなるんだろうか。


蛮人の能力補正はかなり身体能力に傾いている。


だからこそ蛮人を選んだ。やっぱり"漢"は肉体の力だよな。「力こそパワー」う〜ん名言だな。


自分の力を確かめる為にボクは走り出す。


『一歩一歩が大きいのに、脚の回転は普段よりずっと速い』


蛮人は能力補正を代償にちょっと辛いところもあるけれど、それくらい目を瞑るとしよう。


『明らかに人間が出せる速度ではない』


蛮人の持つ特性は"高度な装備品の使用不可"というものだった。蛮人なんだから仕方ないだろうな。


おそらく剣や鎧が使えないという事なんだと思うけど、最終的には肉体言語で語ればいいだろう。

それにただの棒でも、それだけで武器にできると思う。なんせ筋力がEランクだ。予測にはなるが、多分今の身体能力の2倍くらい"力"があるんだろう。


『多分、原付くらいのスピードは出ている。時速40kmくらいだろうか』


それにしてもなんという爽快感だろうか。自分の体一つでこんなスピードを出せるなんて。まるで夢みたいだ。


「ははっ!これが今の『ボク』か!」


『流れて行く景色。普段感じることのない風圧』


今まで感じたことの無い疾走感、いやに舞い上がって走っているうちに、城壁は目の前に迫っていた。


「ハァ…ハァ…、流石に息が上がったな。結構な距離だった気がするけど。4,5kmくらいあったのかな」


完全に息が上がってしまっているが、まだ動こうと思えばいける気がする。精神に補正が入っている影響かもしれない。そもそも4,5kmを全力疾走で走り切るスタミナは地球では考えられない。お馬さんでも無理だろう。


目に前に城壁?があるんだけど、これはとりあえず入りたいよな。10mくらいの高さがあって、普通に考えたなら防壁としては十二分だろう。エピタフは"普通の世界"ではないけど。


「入口は、多分あっちかな」


適当だけど。適当に壁沿いに歩いてればそのうち門か何かあるだろう。


───


呼吸を整えながら歩いていると、城壁の半分程の高さがある門が見えてきた。まだ少し遠いのでよく見えないが、門が観音開きになっており、1列になった人並みがお行儀良く並んでいるように見える。


「お、入国審査みたいなやつか」


ボクも街の中に入れてもらおうと思い、列の最後尾に向かって歩を進めていくと、NPCと思しき商人風のおじさんに声をかけられた。


「おいアンタ、もしかして"旅人"かい…?」


「う〜ん、そうですね。そうらしいです。」


少し迷ったが、「真っ白」さんが旅人と呼んでいたし、きっとそうなのだろう。


「おぉぉい!こっちに"旅人"さんがいるぅ!通してくれぇ!」


商人風のおじさんは驚愕したような、歓喜しているような表情になり、大声で門の方に向かって叫んでいる。喉が張り裂けんばかりの大声だが、一体何にそれほど興奮しているのだろうか。


「いや、おじさん。そんなに声を張り上げなくても」


「"旅人"さんをこんな所で待たせるなんかとんでもねぇ!さぁ、早く門まで!」


おじさんが相変わらずデカい声で喋っていると、周りにいる農民風の女性や、いわゆる冒険者みたいな格好をした剣士風の男性などなど、周りにいる人達はこちらに視線を向けながら頷いている。


おじさんの声が確実に聞こえているであろう範囲でも最低30人はいるだろう。みんながこっちを見ているのですごいプレッシャーだ。


「じゃあ…お言葉に甘えて…」


ボクは申し訳なさを感じつつも、列を外れて門まで進んでいく。途中で追い抜いた人達はボクを見て頷いたり、目を輝かせたりしている。


この人達の反応を見る限り、"旅人"の存在がどのように周知されているのか、おそらく悪いモノとは思われていないようだけど。


「すみません。一応お名前を教えて頂けますか?」


門に到着すると、門番に声をかけられた。


「ああ、ヒカルと言います。しばらくこの街?でご厄介になるかもしれません」


「ヒカルさん…。可憐な名前だ…」


あー、おけ。ここでも女扱いされるわけね。


でも大丈夫。この世界でのボクはバリバリパワータイプの蛮人だ。今はそんなでもないけど、この世界ではトレーニングしまくればきっとムキムキになれる。そうすればボクでもきっと…。


「今はまだわかっていただけないかもしれませんが、こう見えてもボクは"漢"です。以後よろしくお願いします」


「えっ」


「え?」


門番の「何言ってんだこいつ」みたいな反応に、ボクも釣られてしまった。


「え、いや、流石に無理があるというか…」


まあ、ある程度は仕方ないし、現実世界で慣れてはいる。榊さんに限らず、ボクを見た人は女子扱いが基本と言ってもいい。なんなら男性に告白されたことも複数回ある。


言っておくがボクはノンケだ。女性が好きです。初恋は大学生時点でまだだけど…。


「この顔で勘違いされる事が多いんですが、ボクの性別は"男性"です」


ボクがのセリフを言うと、門番はちょっと気恥しそうにというか、気を使ってというか、


「いや、その、失礼かもしれないんですが」


兵士の視線はボクの顔を見ていない。首よりも下、胸の辺りを見てから、更に下に降りていくようだ。


「あの…その、素晴らしいスタイルをされていますし…」


門番の視線の先であろう、自分の体を確認してみる。


「ん?」


え?あれ?なんか柔らかいものが、あれ?


有るべきアレも無い、え?





「ボク、本当に女になってるぅぅぅ!!!???」











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