第0話-3

食堂で榊さんと別れたボクは電車に乗り帰宅、晩御飯を仕込んでからシャワーを浴び、ちょっと遅めの昼寝をする事にしたのだけど、


「やべっ!寝過ごした!?」


特にアラームなどセットせずに寝ていたため、随分と長く寝てしまった。


昼寝のつもりで18時くらいにはベッドにいたんだけど、動画を漁っていたので結局寝たのはおそらく20時頃、


「20時に昼寝って言葉には矛盾しか感じないな」


でもまあいいだろう。エピタフは0時開始なんだから眠気が来ても困る。


只今の時刻は23時、とりあえず寝汗をシャワーで流してから晩御飯を食べるとしよう。


───


「ええっと、電源は差したし、LANケーブルも差したし、他には…」


既にサービス開始の5分前。


ベッドよりも大きな筐体を前にして最終確認を行っているところだ。


磨き抜かれた黒曜石のような、ツルツルとした黒いエピタフ筐体は触るとヒンヤリしていて気持ちがいい。


解放ボタンを押すと油圧式か何かで動いてると思われる「プシュー」という音と共に筐体の蓋が持ち上がる。


実のところ疑問だった。この筐体が30万円は安すぎるのではないだろうか?この磨き脱がれたボディ、油圧式(?)の開閉装置、あれだけの映像美を再現する為の謎技術を詰め込んだCPUやらグラフィックボードみたいなものも入っているんじゃないのか?


「100万円くらいしてもおかしくないんじゃないか…?」


っていうか、今更じっくり見てみて気付いたけど、これネジ穴とかどこにあるんだ?分解したい訳ではないけど、継ぎ目が全く見えないツルツルの筐体には興味が尽きない。


「これ入ったら最後、"実はデスゲームでしたーw"なんてオチじゃないだろうな…?出られるよな?」


まあデスゲームだとしてもやるけど。こんなのやらない訳が無いし。


ふと時計を確認すると、時刻を示す針が頂点で重なっている。


「おっと、とうとう時間だ」


ボクは早速筐体に入り込んで、筐体の蓋側についているスタートボタンをタップする。


「ボクの人生を変えてくれるかもしれない体験がここにあるかもしれない」


エピタフに願いを託すボクはこれを呟かずにはいられなかった。


「リ〇クス〇ート!」


降りてくる漆黒の蓋と共に、ボクの目蓋も降りてくる。強烈な眠気に襲われたボクはそのまま…。


───


気付くとそこは一面真っ白の世界だった。


20mほど先には小さな神殿のようなものが見える。いくつもの柱によって屋根を支えるような形、パルテノン神殿がわかりやすいかもしれない、アレをもっと小さくした感じだ。


「精神〇時の部屋ってこんな感じなのかな」


各方面から怒られそうだが、いい例えが思い浮かばないのでできれば許して欲しいところだ。


どう見てもあそこに行くべきなんだろうな。他に行くべきところも見当たらないし、というかあの神殿以外に本当に何も無い。地平線すらない。真っ白で真っ平らな地面がひたすら続いている。


「時間がもったいないし早く行くとしよう」


徒歩で数十秒、神殿にたどり着いたボクは、


「こんにちは〜。いや時間的にはこんばんはなのかな」


まあどっちでもいいだろう。なんならほぼ最速出勤なのだから「おはようございます」でもいいかもしれない。


「ようこそいらっしゃいました"異世界の旅人様"」


ボクに声をかけてきたのはいつの間にいたのか分からないナニカだった。そのナニカには顔が無いようだ、正確には顔の部分を含めて全身が真っ白でよく分からない。神殿が真っ白なので保護色になってしまっている。もしかすると、この白い世界で生きているうちに効率よく狩りをする為の進化を遂げたのかもしれない。


「こちらへどうぞ"旅人様"、まずは初期設定を行いましょう」


絶対的外れであろうボクの考察を無視して「真っ白」さんは神殿の奥に歩いていってしまった。

抵抗する理由も無いのでそれに従って神殿の奥へと進む。


神殿の内側には何も無かった。外から見てもわかった通り、柱が大量に立っているだけ、ただ一点、中央の祭壇のようなものを除いてだが。


「どうぞ。こちらへ腰掛けてくださいませ"旅人様"。初期設定を行わせていただきますので」


「真っ白」さんの案内に従って中央の祭壇に座る。そして「真っ白」さんはボクの目の前に立ち、ボクの頭に手を置いた。目の前には「真っ白」さんの胸部があるのだが、この距離まで近付いてわかったことがある。女性だった。いや、声でわかってたけどね。


「まずは"旅人様"のお名前をお伺いしてよろしいですか」


なるほど、ゲー厶用の名前だな。ゲームには詳しくないボクだけど、そういう所はしっかり学んである。


オンラインゲームでは本名を使うべきではない。不特定多数の人の目に触れる世界なのだ、ここはしっかりと偽名を名乗っておこう。


「ボクの名前はヒカルです。よろしくお願いします」


何をよろしくお願いするのかはわからないが何となくお願いしておいた。


「かしこまりましたヒカル様。では次にエピタフの世界について説明をさせていただきます」


おお!きたぞ!とうとうきた!


「まずエピタフの世界には"旅人様達に対する"規則というものが存在いたしません。全てを"旅人様達"自身の『責任』の元で行っていただくこととなります」


ボク達を縛る規則が無い?法律が無いということだろうか。それに『責任』か。まあ自由には責任が付き纏うと言うし。


「次に、エピタフの世界には先住民がおりますが、"旅人様達"が現れることをほぼ全てが承知しております」


なるほど。NPCは"プレイヤー"という存在を認知しているわけか。良くも悪くも認知してもらえるのはいいことかもしれない。財産分与があるかもしれないし。


「次に、エピタフ内で死んでも地球にいる体が死ぬということはございませんのでご安心ください」


当然のことではあるけど、改めて明言してもらえると安心出来る。デスゲームを望んでいた層も一定数いたみたいだけど。


「そして、注意して頂きたいのですが、エピタフで得る五感は完全に本物と言って差し支えございません。特に"痛み"にはご注意頂きたいのは勿論でございますが、特に"快楽"にはご注意下さいませ」


本物と遜色ない五感がある中で痛みに注意するのは当然だけど、快楽か。肉体に問題は無くてもこっちの世界で得られる快楽に取り憑かれると大変な事になる可能性は確かにあるかもしれない。


「また、先程も申し上げました通り、エピタフ内で死ぬことは肉体の死には一切関係がございませんが、エピタフ内で亡くなられた場合には所持品を全てその場に遺し、所持金を"全て頂戴"した上で、現在いる『転生の神殿』へと戻られることになります」


いわゆるデスペナルティなのだろう。しかし所持品・所持金の全ロストか、結構厳しいな。


「あの」


「はい、なんでございましょうか?」


「経験値のロストは無いんでしょうか?」


「はい。では経験値についてお話させていただきます。エピタフには通常のオンラインゲーム、いえ、RPG全般に存在する"経験値"という仕組みがございません。それ故に経験値のロストという現象は発生致しません」


経験値が存在しない…。つまりソ〇ルシリーズのような感じなのだろうか。


「エピタフでは全てをスキルで賄っていただくこととなります。スキルについては詳細をお話出来ませんので、実際に体験して頂きながら解き明かしていただくのも醍醐味の一つでございます」


面白そうかもしれない。経験値が存在しないというのはおそらくレベル制を採用していないということだろう。圧倒的なレベル差でわからされるような仕組みが無いのは結構好みだ。


しかしスキル制で、詳細は不明か。スキルが一体どういう効果を持つのかはやりながら検証、もしくは絶対に現れる検証勢の情報待ちかな。


「説明は以上となります」


「え、もう終わり?」


「はい終わりでございます」


「え、キャラクターメイキングとかないんですか?」


「"旅人様"達の容姿につきましては、エピタフに初めて到着される際に相応しいものを、基本的には地球にある肉体と同じような姿にさせていただきます」


「え、じゃあリアルの顔でプレイすることになる…ってコト!?」


「Exactly(そのとおりでございます)」


「真っ白」さんは綺麗な角度でお辞儀をしている。いや、そんなネタを理解できるNPCすごいな。


しかしリアル割れとか結構怖いんだけど大丈夫かな・・・。


「エピタフ内の様子は基本的に公開されることがございませんので、お顔がバレてしまっても問題ございません」


まあそれもそうか。というかイチ大学生の顔がバレたところで何も無いだろうな。


「では、"転生"を行わせて頂きますので、そのまま横になって下さいませ」


「真っ白」さんの指示に従い祭壇に寝転がる。さっきまで目の前にあった胸部に変わって今度は「真っ白」さんの太ももが目の前にある。「真っ白」さんはかなり丈の短い貫頭衣のような物を着ているので、ナマ太ももだ。これはなかなか…。


「では、転生を始めさせていただきます。今ヒカル様には転生候補が思い浮かんでいるはずです」


おお、すごいな。これは初期ジョブってやつか?剣士とか弓士とか魔術師とか、よくあるジョブが思い浮かぶ。それと同時にジョブ毎の特性もわかるぞ。


「これ、すごいですね。色んなジョブがある。20種類くらいはあるんじゃないですか?」


「実際には50種類ほどございますが、"旅人様"が想像できる範囲のものしか見えないはずでございます」


想像力次第か。ボクが思い付きさえすればまだ倍以上に増えるってのはすごい。


「ところでこの、"能力補正ランク"っていうのは、成長率ってことでいいんですか?」


思い浮かぶジョブの詳細には「能力補正ランク」というものが表示されている。普通のRPGであればレベルアップの際の能力上昇補正とかだと思うんだけど、エピタフにはレベルが存在しないと言っていたし。


「能力の上昇はご自身を鍛え上げることでしか起こりえません。地球と同じでございます。"腕力"を強くしたければ"筋肉"を鍛える、"学力"を向上させたければ"勉強"をする、エピタフでも同様でございます」


「ではこの"能力補正ランク"というものは一体…?」


「エピタフの世界ではジョブを得ることで、既にある肉体能力に上昇補正がございます。最低のGランクでは等倍ですが、最高であるSランクまで到達できればおよそ5倍の補正を得ることが可能でございます」


最高10倍…!!と言われても想像がつかないな。例えば100mを10秒で走れるだけの力を持っている人がSランクの敏捷補正を得ると100mを1秒で走れるようになるんだろうか。


「おそらく想像するのは難しいと思いますので、ご理解いただくには実際に体験する他ございません」


「それもそうですね。では各能力の詳細についてはお伺いしてもいいですか?」


「かしこまりました。筋力は文字通りですね筋肉の強さに補正がございます。魔力は魔術を使う為のエネルギーでございますので、高ければ高位の魔術を使用可能になります。また、魔力の補正は魔力の量と、魔力の扱い両方に補正がございます。敏捷は"瞬発力"に関わる補正でございます。筋力が強くても敏捷が低ければ機敏に動くことができません。技量はそのまま技術力の高さに補正がございます。剣術等の武術から、鍛治等幅広く影響を与えます。耐久も文字通りです、体の物理的な丈夫さに補正がございます。精神は精神力を表しております、簡単に言うのであれば根性でございます。"??"は幸運です」


「えっ」


「あ、これは言ってはいけないんでした。"??"は現在不明となっておりまして」


「いやもう聞いちゃったよ」


まさかのボケがきちゃったよ。


「そうですね。もうお聞かせしてしまいましたが、くれぐれも内密にお願いいたします」


うわー。公表してー。


「わかりました」


にっこり笑顔でお答えしておいた。いや、公表するのは損か。こういう細かい情報でも自分だけで持っているのがいいんだよね。wikiで見た。


「能力の補正については以上でございますが、他に何かございますか?」


「ではこのジョブ特性というものも気になるんですが」


「そうですね…、難しく考えて頂く必要はございません。ジョブ毎に能力補正とは別で"特性"というものがございます。例え剣士であれば"剣を装備時に技量の上昇"という特性がございます。他のジョブにもそれぞれ特性がございますが、今ヒカル様に見えていないものについてはお答え致しかねます」


「そうですか…。いえ、ありがとうございます」


できれば見えてないジョブの情報も欲しかったけど、先に無理って言われてしまったなら諦めよう。


「では、転生を始めさせていただきます。ジョブは何になさいますか?」


元々エピタフを始める時にジョブがあるなら"こっち系"と決めているものがあった。

みんなボクを見ても女だとしか思ってくれない。ボク自身わかってはいるけど、やっぱり足りないのは"漢らしさ"だと思うんだ。

エピタフの中でボクは"漢"を磨く。


その為には、


「"蛮人"でお願いします」


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