第3話
急スピードでコンビニの駐車場に入ってきたレガシィが、高柳の前で止まった。
そして、気遣わしい表情をした上岡が、車から降りてきた。
「高柳、大丈夫か!」
「う…上岡…生きていて良かった…」
元気な上岡の姿を目にした高柳は、安堵から、ぽろぽろと嬉し涙を流した。
上岡は、呆気に取られながらも話を合わせる。
「おっおう、俺は生きてるぞ。どうしたんだよ?中で話を訊くから乗りな」
と、言って、助手席の扉を開けた。
高柳は、力なく助手席に座ると、朝からの出来事を事細かく話した。
すると上岡は、信じられないといった表情で口を開く。
「うっ、嘘だろ………俺のスコッチで、やけ酒したのか?!」
「えっ…」
「いや冗談、冗談。少しは和むかなと思って言ってみた。前の俺なら、絶対信じなかったけど、あの事があるからな……早急にどっかの神社に行ってお祓いしてもらった方がいいんじゃないか?」
「お祓いしてもらいたいけど、俺、知らないんだよ。上岡は、何処か知ってる?」
「知らないけど、大丈夫。調べればすぐに分かるから安心しろ。それより何か温かい物でも口にした方がいいぞ。お前の顔の方が幽霊みたいになっているぞ。とりあえず、お前が食えそうな物を適当に買ってくるから、ちょっと待ってろ」
と、言って、コンビニに向かった。
精神と共に疲れきっていた高柳は、車内で項垂れたまま上岡が戻ってくるの待った。
袋を持ってコンビニから出てきた上岡は、自分の車を怪しげに見ている女性に気づいた。
その女性は、俯く高柳を見て、短い悲鳴を上げた。
上岡は小走りで女性に駆け寄った。
「大丈夫?どうかした?」
と、声をかけたが、女性は「大丈夫です」と、言って、その場から逃げようとした。
「ちょっと待って。きみ、俺の車を見て驚いたよね?一体、何に驚いたの?」
女性は、顔を隠しながら「すみません、気にしないで下さい」と、言って、立ち去ろうとする。
上岡は、女性の腕を掴んで、引き留めた。
「もしかして、男以外に誰か居たの?」
女性は少し驚いた顔で、小さく頷いた。
「貴方も…見えるんですか?」
「いや、俺には見えないから、教えてほしいんだけど、いいかな?」
「えっ…は…い…」
「ありがとう。じゃ、ちょっとこっちに、来て」と、言うと、女性を車から放した。
そして、昨夜から事情を簡潔に話した。
「それって完全な逆恨みですね…あんな怖い顔で、男の人を睨んでいたから、てっき…」
り、と、いいかけた途中で、また悲鳴を上た。
悲鳴に驚いた上岡はキョロキョロと辺りを見回した。
「えっなに?他にも何かいるの?」
「あっ…その例のもえさんが今…貴方の隣に…」
「あっあ!?」
上岡は兎のように飛び跳ねて、女性の後ろに隠れた。
震える上岡を横目に、女性は、もえの言葉に耳を傾けた。
「あの…もえさんが、あの人の家に行ってほしい。って言ってるんですが…」と、言いながら、車内にいる高柳を指差した。
「へぇ?どういうこと…」
「理由は分からないんですが、とても悲しい表情で【家に行って…家に行って…】としか話してくれないんです」
「悲しい表情で?」
「ええ…あっ…消えちゃった」
「……なんで高柳の家に行かせたいんだ?」
考えても答えが見つからず、ため息をついた。そして上岡は女性にお願いをした。
「一緒に来てもらえないかな?」
女性は、二つ返事で頷く。
「彼女が、私に何を伝えたかったのか知りたいので一緒に行きます」
二人は高柳が待つ車に戻った。
後部座席に女性を乗せた振動で、高柳が振り向いた。
「…っだれ?」
「彼女は…てか、名前、訊いてなかったね」
と、言って、上岡は笑った。
高柳は怪訝な顔で「誰なの…」と、尋ねる。
「はじめまして、私は滝林ゆみです」
「俺は上岡で、こっちは高柳」
「お前もしかして、こんな時にナンパしたのか!?」
「んな訳ないだろう。ゆみちゃんは、お前に憑いているもえの霊が見えるんだよ」
「ほんとに!じゃ君は霊を祓う事が出来きるの?」
「除霊は出来ませんが、彼女の声を訊くことは出来ます。それで彼女は貴方の家に行くようにと、私に伝えてきたんです」
ゆみの言葉に高柳の顔が強張る。
「嫌だ!家に戻ったら、あいつに殺される!」
「大丈夫ですよ。霊体は肉体を殺すことは出来ないので、もえさんが高柳さんを殺すことはありません」
「えっ…」
「霊体が出来るのは、心を殺す事です。心を強く持たないと、強い念によって心が弱って自ら命を落とすことになりますよ」
ゆみの異様な説得力に高柳は言葉を失った。
「高柳、大丈夫だ!俺もゆみちゃんも居るんだから安心しろ。心を強くもて。いいな」
と、言って、高柳の肩にそっと手を置いた。
小さく頷く姿を確認すると上岡は「じゃ戻るぞ」と、言って車を発進させた。
酒に願いを 葵染 理恵 @ALUCAD_Aozome
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