歪んだ世界を、歪んだ世界のまま―――
「実…」
実の宣言を聞いたレイレンは、呆気に取られたように呟く。
そして―――
「ぷっ…。あはははは!」
何故か、彼は面白おかしそうに笑った。
「なっ……なんで笑う!?」
まさか笑われるなんて思っていなかった実は、レイレンの反応に目を白黒させた。
「いや、ね……実って、本当に面白い。純真だなぁ。なーんであのエリオスから、こんなに純な子が生まれたんだろ。見てて飽きないよ。」
「へ?」
不可解そうに首を
実と同じように難しい顔をする拓也と尚希の視線を受け、レイレンは愉快そうに肩を震わせていた。
「その顔、みんなエリオスの本性を知らないね? なんで僕がエリオスに夢中なんだと思ってるのさ。」
途端に、レイレンの表情に浮かぶ笑みが雰囲気を変える。
「あれだけ完璧に普通に溶け込んだ異常者が、エリオス以外にいるわけないじゃん。拓也君の歪みなんて、可愛いもんさ。きっと、どんな悪党だってエリオスには敵わないよ。」
にやりと、笑みを深めるレイレン。
「ふふ…。いつ、あの完璧な普通の仮面が歪むのかなぁ。僕は、それが見たくてたまらないんだ。そのためになら実のことを
そこに揺らぐのは、明らかな狂気。
表情も、声も、まとう雰囲気でさえも。
一瞬で別人になってしまったかのように、先ほどまでのふざけた彼は、その
「でも、まあ……」
ねっとりと絡みつくような執着を滲ませた声。
それは―――
「そんなの、見たくて見られるものじゃないけどね~。エリオスったら、セリシア様か実のことでじゃないと本気を出さないもん。僕が何をしたって、そうそうあの表情を崩さないしね。ってなわけで、コロコロ表情を変えてくれる実には、いつも楽しませてもらってます! 今回もごちそうさまでした♪」
それは、拍子抜けするほどにあっさりと霧散してしまった。
「………」
青い表情のまま固まる実たち。
短い間とはいえ、彼が見せた狂気は、実たちから声を奪うだけの威力を持っていた。
それ故の沈黙に、レイレンは一つ息を吐いた。
「実。その封印を抱えて進むなら、覚悟しておいた方がいい。世界は……いや、人間は、実が思っている以上に歪んでる。どんなに純朴な人だって、びっくりするくらい簡単に一線を越えてしまえるものなんだ。そして歪みすぎた結果、エリオスみたいに逆に普通に見えちゃう異常者もたくさんいる。その中で、実みたいに高潔に進もうとするのは、ある意味つらい生き方なのかもしれない。」
「こ、高潔って……」
「高潔だよ。僕たちから見ると、まぶしいくらいにね。」
レイレンは実の頭を優しく叩く。
「別にね、世界を愛そうとしなくていいんだよ。そんな責任、背負わなくていい。実はただ、好きなものを好きだと言って、この歪んだ世界を、歪んだ世界のまま受け入れてあげればいい。好きであることと受け入れることは違う。世界はこんなもんだって受け入れられれば、世界を呪わずには済む。世界を呪わずにいられれば、きっとその封印が実を悲しませることはないはずだよ。」
「え……」
それは、今までの自分には全くなかった考え方。
不覚にも驚いてしまった。
彼が告げた言葉の内容に。
そして何より―――
「え…? もしかして……励まされてんの?」
その事実に。
「え、変?」
レイレンが、不思議そうにこちらを見下ろしてくる。
「は……え? じゃあ、俺に今のことを伝えるために、わざとぶっ飛んだ態度を見せたの?」
「んー。まあ、ただの本心と言えば本心だけどね。分かりやすかったでしょ?」
「な、なんでそんなこと……」
「なんでって、決まってるじゃない。」
レイレンは実の額を軽くつついた。
そして―――
「エリオスが心から愛してる子だもん。僕が愛さないわけないでしょ?」
そんな歯の浮くようなセリフを、爽やかな笑顔でさらりと言った。
「…………………」
不意打ちとは、まさにこのことを言うのだろう。
「……おい、実?」
急に黙り込んだ実に、拓也がおそるおそる声をかける。
「おい……おいっ!」
肩を揺さぶってみるが、やはり実は全く反応しない。
実は顔を真っ赤にして、完全に放心状態になっていた。
「―――ぶふっ。実ったら、本当に他人からの好意を受け取り慣れてないのね。え、何これ。面白い。好きなだけ写真を撮っていいってこと!?」
たまらず噴き出したレイレンは、この好機を
瞬間、拓也が一気に表情を険しくする。
「―――っ! お前、本気でおれに刺されたいのか!?」
「ええーっ!? 僕は至って真面目だったんですけど! パンクしちゃったのは実じゃん!」
「んなこと言って、確信犯じゃないだろうな!?」
「違いますー。第一、この流れを作ったの実だよ? ……まあ、こう言ったらどんな反応するのかなぁって思ったことは認めるけどぉ……」
「ほほう…?」
「ああ~ん! だからって、全部仕組んだわけじゃないってば! 槍を召喚しようとしないでぇ!!」
果たして、本気で自分の身を案じる気があるのかないのか。
レイレンのふざけた態度に、拓也の怒りゲージはまたもや臨界点近くまで上昇する。
そんなうるさいやり取りが繰り広げられるその隣で、やはり実はろくに反応もできずに固まっているだけだった。
「………」
ぽん、と。
その頭を、尚希が同情するように叩く。
さらにその隣で、詩織は慈愛に満ちた表情を浮かべて彼らを見つめていた。
まぶしそうに。
そして、どこか悲しそうに。
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