恥タイムは変態タイム

 少し涙ぐんだ実の声。

 それに応えたのは、苦笑交じりの小さな溜め息だった。



「俺なんか、なんてこと言うなよ。まったく!」

「わっ!?」



 急に髪の毛をぐじゃぐじゃと掻き回され、実は反射的に頭を押さえて顔を上げた。

 そこにあったのは、全てを包み込んでくれるように穏やかな尚希の笑顔。



「お前はな、ちゃんと自分のことを認めてやるべきだ。たくさんの悪意に負けずに、頑張って立ってるんだってな。そんで、もっとオレらから想いを返されて、それを受け取るべきだ。お前だけじゃなくて、オレたちだって実のことが大好きなんだから。ちゃんと返させてくれよ。な?」



 尚希が言うと、それを肯定するように拓也も大きく頷いた。



 人間は複雑なようで、やっぱり単純だ。

 それを実感する。



 どんなに複雑に悩んだって、最終的に背中を押すのは単純な衝動。



 好きだから。

 嫌いだから。



 そんな単純な気持ちで、人間はいくらでも変われるし、いくらでも無茶ができてしまうものなのだ。



 自分と同じように、尚希たちだって―――



「………………ん?」



 はたと思い至る。



 自分と同じように?

 お前だけじゃなくて?



 頭の中を、ぐるぐると過去の記憶が巡る。



「あ……あれ?」

「実?」



 突然狼狽ろうばいし始めた実に、尚希と拓也が揃って首を傾げる。



「あ、あの……もしかして、俺…………なんか、その……へ、変なこと………」



 みるみるうちに赤くなっていく頬。



「変なこと?」



 不思議そうに、実の言葉を繰り返す尚希たち。



 それに実が何も言えずに口をパクパクさせていると、唯一状況を察したらしいレイレンが、にんまりと口の端を吊り上げた。



「実ったら、大暴露してたもんねぇ。もしかして、今さら思い出しちゃった? 二人のこと、大好きだって言ったの。」



「~~~~~~~~っ!!」



 ばっちり言い当てられてしまい、今度こそ実は顔を真っ赤にする。



 しまったと思った時には、もう遅い。

 あからさまにときめいた表情をしたレイレンは、にやにやしながらにじりよってくる。



「もおぉ、そんなに恥ずかしいの? だって、本当のことなんでしょ~?」



「………」



「大丈夫だよ。実の気持ちは、ちゃあ~んとキースたちに届いたから。も・ち・ろ・ん、僕の心のメモリーにもね♪」



「………っ」



「んんん~、実ったら可愛いんだからぁ! そんなに赤くならなくても、一回言っちゃったなら、二回も百回も同じだよ~。いっそ振り切っちゃおうよ。ささ、もう一回声に出して言ってみよう! 大好きって―――」



「レイレンさん、もうやめてあげて!!」



「これ、実からしたら百年分くらいの一歩だから!」



 とうとう顔を覆った実を見ていられなくなったのか、尚希と拓也が大慌てでレイレンを止めにかかった。



「ええぇ~、だってぇ~!」



「だってじゃない! これ以上は、実がほんっとうに可哀想だから!!」



「でもでもぉ! あの顔、レア中のレアだよ!? カメラどこ!? あああっ、なんで今カメラがないのさ~!!」



「いーかげん戻ってこい!!」



 鼻息を荒くして大暴走するレイレンに耐えかねた尚希が、彼の後頭部を渾身の力で殴る。



「いった~い……」



 一切の遠慮がない尚希の一撃に、さすがのレイレンも目の端に涙を浮かべた。



「~~~っ。……この変態が…っ」

「抑えろ、実。今下手に反論したら、あの人がまた活き活きするだろ。」



 背後で悔しげに唇を噛む実に、拓也が小さく耳打ちする。



「ううぅ……」



 返す言葉もないのか、実はそううめくことしかできなかった。



「そうそう。尚希があの人の気を引いてるうちに、復活しとけ。」

「ごめん。」



 拓也がさりげなくレイレンから自分のことを隠すように立っているのは知っていたので、実は素直にその言葉に従った。



「んもう……二人とも、そんなに厳戒体制を取らなくてもいいじゃない。」



 レイレンは可愛らしく頬を膨らませる。



 だが、彼の悪癖は散々目にした後だ。

 尚希と拓也は、異口同音に否を唱えた。



「今の実には、レイレンさんが最大の敵だから。」

「ああ。これ以上ひどいと刺すぞ。」



「うわぁ、二人ともひどいや。僕だって、許されるなら四六時中実の傍にいたいのに!」

「死んでもお断りだ。」



 その時、密かに心を落ち着けた実が、拓也の後ろから心底嫌そうな顔を覗かせた。



「あ、元に戻っちゃった……」



 レイレンが、残念そうに眉を下げる。



「何さ、みんなして…。そんなに僕のことが嫌い? 信用できない? ここまで来てあげたのにー……」



「少なくともあんたなんかより、拓也たちの方が百倍は信用できる。」



「そんなぁ~……あらあら……」



 ばっさりと切り捨てられ、レイレンは露骨に傷ついた顔をする。

 次の瞬間―――



「素直だこと。」



 してやったり。

 そう言わんばかりに、その唇が弧を描いた。



「―――っ!?」



 まんまと乗せられたことを理解し、実はまた顔を赤くする。

 すると。



「レイレンさん?」

「………」



 尚希がレイレンの頭をがっしりと掴み、拓也がえた表情で槍を構えた。



「あ、少し遊びすぎた。降参、こうさーん!」

「信用できないなー。」



「ごめんごめん。ほんとにやめる。やめるから許して~。」

「………」



 尚希と拓也はしばし無言でレイレンを見つめ、次に互いに顔を見合わせた。



 ひとまずは、彼の言葉を飲むことにしたらしい。

 二人はレイレンに向けていた警戒を解いて、体から力を抜いた。



「ふー、命拾いしたぁ。もう、二人とも僕に遠慮がなさすぎるよ。」

「自業自得っていうんだよ。」

「実に、殴るのを躊躇ためらうなって言われたし。」



 尚希が呆れながらレイレンを一蹴し、続いて拓也も尚希に同意するような口調で告げた。



「いや、殴るのと刺すのじゃダメージが桁違いじゃんかぁ~。実の親衛隊が怖いよー。」

「親衛隊って……そこまで大袈裟なものじゃ……」



 情けない声をあげて、自分の身をかばうように自身の肩を抱くレイレン。

 そんなレイレンの言葉に当惑して、実は思わず控えめな突っ込みを入れる。



「―――でも、ま。」



 そこで、レイレンの声音が変わる。



「これなら、現実に帰っても安心だね。エリオスも、きっと喜ぶよ。」



 まるで花がほころぶように。

 その笑顔は綺麗だった。



 さっき見せられた空っぽな表情や声が嘘みたいだ。

 だからといって、あの時の彼が完璧な芝居しばいをしていたわけではないのは分かっている。



 あの時の空っぽの彼も、今の活き活きした彼も、紛うことなく本物の彼。

 父の命令一つで、彼はここまで自身の感情や意志を殺したり生かしたりできるのだ。



 この先最悪を受け入れなくてはいけない時が来たとして、その時に慈悲も侮蔑もなく、ただ事務的に自分を殺してくれるのは彼だけなのだろう。



 そう思うと、ちょっとばかり彼に期待する自分を止められなくて……



「やっぱ、あんたなんか嫌いだ。」



 ぽつりと呟くと、レイレンは何故か嬉しそうに笑った。



「うん、それでこそ実。エリオスとそっくりなのに、全然似てないとこが大好きだよ。」



 そんなことを言いながら、彼は実へと手を差し伸べる。



「じゃ、帰ろっか。」



 遠足からでも帰るかのような、そんな軽い口調で言うレイレン。

 それにほんの少しほっとしたなんてことは、口が裂けても言わないでおこうと思う。



「はいはい。」



 実は苦笑し、仕方なくその手を取ってやることにした。


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