ぶつける想い

 拓也は両手を握り締め、実以上につらそうな顔をして叫ぶ。



「全然分かんねぇよ、お前のことなんて! 言ってもらえなきゃ、分かるわけねぇだろ、この馬鹿!! お前が何をしてほしいのか分からないから、いつも見当違いの支え方しかできないじゃねぇか!!」



「………っ」



「ふざけんな! まだおれたちと向き合おうともしてないくせに、勝手にひとりで自滅してんじゃねぇよ!!」



 思ってもみなかった、拓也の叫び。

 それに息をつまらせた実は、目をまたたくしかなかった。



 握られた拳には、どれだけの激情がこもっているのだろう。

 微かに全身を震わせ、拓也はふとうつむいた。



「……だけどさ、一つだけ分かることがあんだよ。」



 声にこもっていた熱量が、一気に下がる。

 拓也は訥々とつとつと語り始めた。



「お前、結構尚希と似てるとこあるのな。だから、なんとなく分かるよ。何もかも我慢して、自分の中だけでどうにかしようとするのって、上部だけ見るならかっこよくてさ、それで他人を守れた気になるもんなんだ。おれは我慢強い方じゃないから、隠し事も上手くできない。だからお前や尚希が、そこまで自分のことを後回しにできる精神なんて、ぶっちゃけ理解なんかできねぇよ。」



 ゆっくりと、拓也の顔が上がる。



「でも、これだけは言える。――― そうやって無駄な我慢をされるとな、こっちは無性に腹立つんだよ。」



 こちらに向けられたのは、苛烈な怒りだった。



「尚希にも言ったけどな、秘密はあるけどそれは言えないなんて、中途半端なこと言ってんじゃねぇ! 最初から言うつもりがないなら、秘密があることから死ぬ気で隠し通せ! おれのことが信用ならないっていうなら、今この場ではっきり拒絶しろよ!! その方が、おれはよっぽど気が楽だ。」



「ちがっ……そんなつもりじゃ―――」



 実は思わず、拓也の言葉を否定しようとする。

 だが途端に拓也の鋭い眼光に射抜かれ、それ以上は何も言えなくなってしまう。



「そんなつもりじゃない? 笑わせるな。どうせお前も尚希と同じで、ただ巻き込みたくなかっただけだとか言うんだろ? だから言ったんだ。他人を守れた気になるもんだって。そんなつもりになるだけなんだよ。」



 痛烈に、拓也は実の想いを否定する。



「結果論として、おれはお前らに拒絶されたとは感じても、守ってもらえたなんて感じなかった。少しも嬉しくなかったよ。」



 拓也の言葉が耳に痛いのか、後ろにいた尚希が、悔やむように唇を噛む。

 次に拓也は、自嘲的に微笑んで肩の力を抜いた。



「お前には、分からないだろうよ。いつも当然のようにおれを助けてきたお前には、おれがどんなに悔しくてもどかしいかなんて分からねぇよ。分かってたまるか。理解なんかされてたまるかよ…っ」



 そこまで言って、大きく溜め息を吐き出す拓也。

 そして、彼は静かに問うた。



「なあ、おれがここにいる意味ってなんだ? 背中は預かってもらえるのに、逆に背中を預けてもらうことはできないんだ? お前はおれに、お荷物のままでいろって言ってんの? 相当しんどいんだぜ、この立場。もし全部理解してて、その上で意地張って嫌がってんだったら……お前、かなりひどいぞ? ……それ。」



「………っ」



 実はやはり何も言えず、拓也の泣きそうな顔を見つめることしかできなかった。



『中途半端な態度で、周りを苦しめるな!!』



 ノルンに言われた言葉が、脳内を激しく揺さぶる。



 あの時はノルンに――― 人間じゃない彼に言われたから、こんなに胸が苦しいのだと思った。

 でも、違ったらしい。



 拓也からぶつけられる言葉が、ノルンの時以上に胸にみるのだ。



(何………傷ついたみたいなこと感じてんだよ、俺……)



 油断すれば目頭にせり上がってきそうな熱いものをこらえ、実は奥歯を強く噛む。



 分かっていただろう。

 口を閉ざし続ければ、優しい拓也たちはその分、悩んで苦しむのだと。



 それでも人間だから、と。

 彼らをその他と一括ひとくくりにして、心を開いた後に裏切られるのが怖くて、線引きをして拒絶してきたのは自分じゃないか。



 それで何度もしくじって拓也たちに散々迷惑をかけてきたくせに、それでも拓也たちを信じる勇気を持てなかったのは、自分の弱さだ。



 拓也は、何度も歩み寄ってくれた。

 自分がそれに怯えていると知ると、ちゃんと距離感も考えてくれた。



 それなのに、逃げたのは自分。



『頼むから、逃げないでくれ。』



 夜の空気に溶けていった、彼のささやかな願いにすら応えられずに。

 いつだって、背を向けるのは自分の方で。



 その末に拓也をこんなに傷つけて、何故自分が傷つく?



 これは、分かりきっていた結末だったくせに。



 でも……

 でも―――



「まあ……周りに何を言われるか分からなくて、相手の答えを聞きたくなくて、結果的に自分の中に押し込めるしかなくなるってんなら、少しは共感できるけどさ。」



「―――っ!!」



 どきりと、心臓が跳ねた。

 そんな自分の微かな動揺を知らないまま、拓也は言葉を続ける。



「でもさ、そうやって怖がってることって、案外なんでもないことだったりするんだぜ。おれはそうだった。自分だけで考えてた時はなんも解決しなくて、頭も体も重くなるばっかで、なんかもう、誰が悪くて誰が悪くないのかも分かんなくなってさ。自分で何やってんのか分かんないまま、とにかく復讐のためだけに生きてきた。」



「復讐って……」



 尚希から聞いた拓也の過去が脳裏をよぎる。

 それ以上の言葉を継げないこちらの沈黙をどう受け取ったのか、拓也は小さく肩をすくめた。



「あのな、おれはお前が思ってるより、よっぽど歪んでるからな?」



 表情に苦笑を滲ませる拓也。



「お前と初めて会った時にお前を助けようと思ったのも、お前を守ることが、裏を返せば城の奴らを邪魔することになるからって理由だった。そりゃ、関わった以上心配もしたし、良心が痛まなかったわけじゃなかったけどさ。だけど……お前が何をどう思っていようと、本音はどうでもよかったんだ。大嫌いな城の奴らの顔に、泥を塗ってやりたかった。ざまあみろって、そうわらってやりたかった。お前のことは、そのために利用したに過ぎなかった。……な? 見下げた根性だろ?」



「………」



「だけど、そんな風に腐りきってたおれを変えたのは、尚希と実なんだからな?」



「……俺?」



 また胸がざわつく。



 だめだ。

 この先を聞いたらだめだ。



 むなしい現実逃避が、体中をそう急き立てる。



「先におれのために、自分の命を天秤にかけやがったのはお前だろうが。」



 すっと温度を下げる拓也の声。

 しかしそれは一瞬のことで、すぐに表情をやわらげた拓也は、自分の胸に手を当てた。



「お前がいなかったら、おれはあの時に死んでた。あの時は、おれのためにこの馬鹿はなんてことをしやがったんだって、自分も責めて、その分お前のことも責めてたさ。」



「………」



「でも、今ならあの時のことを、よかったって思える。」



 語る拓也は穏やかだ。

 その様子がくすぶっている感情をさらに煽ってきて、ただでさえ少ない余裕が、どんどんなくなっていく。



「あの時お前が時間を稼いでくれなかったら、おれは溜め込んでたことを尚希に言えないまま死んでたと思う。こうやって、自信を持ってお前の前になんか立てなかった。」



 拓也の言葉に、実は顔を歪めて首を振る。



 嫌だ。

 聞きたくない。

 どうか、それ以上は何も言わないで。



「自分が抱えてるものを誰かに預けられることで、すごく心が楽になるんだって、あの時に初めて知った。」



 ああ、だめだ。

 聞いたらだめだ。



 自分の中の何かが、壊れてしまう。



「もういいだろ? もう楽になれよ。」



 何故そんなことが言えるのだ。

 頭がぐるぐると回る。



 胸の中に抑えていたものが暴れ始める。



 なんで――――

 なんで―――

 なんで――





「――― そんなの、誰かに預けられる程度のものだったってことだろ。」




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