第4章 覚悟

残酷な手段

「実――― 助からないかも。」



 突きつけられたのは、絶望の言葉。



「なっ…」



 急転直下の事態に、拓也も尚希も絶句する。

 そんな二人に対し、レイレンは残酷なほど冷静だった。



「世界が空っぽになるわけだ。実が自分の心を放棄してるんだもん。主導権を明け渡した心を取り込むのは、それこそ簡単だよね?」



 レイレンが訊ねると、うつむいていた実がゆっくりと顔を上げた。



 そして――― にっこりと。



 どこか人間から離れた、あやしさを伴った笑顔を浮かべた。



「―――っ!!」



 背筋を這い上がる、おぞましい寒気。



 妖艶に微笑んだ実が、ゆっくりと左手を上げる。

 次の瞬間、おびただしい量の木の枝が、レイレンたちに襲いかかった。



 レイレンは右手に持っていた剣をひらめかせ、迫ってくる木を切り捨てる。



「………っ」



 実が微かに眉を寄せた。

 次々と実が木々を放ち、それをレイレンが素早く切り続ける。



「つっ…」



 実の口腔から、小さなうめき声が漏れる。



 レイレンは一切顔色を変えず、これまでよりも一際太い枝が襲ってきたところで、両足に力を入れてその場から跳んだ。

 ひらりと宙を舞うレイレンは、落下する勢いを利用して、枝に剣を深く突き立てる。



「ああっ……くっ……」



 とうとう苦痛の声をあげる実。

 その頭から頬に向かって、真紅の雫が一筋流れていく。



「レイレンさん、待って!! これじゃあ、実まで―――」

「仕方ないよ。」



 かなり遅れて声を荒げた尚希に、レイレンはあくまでも冷静にそう言うだけだった。



「見て分かるとおり、実の心はあれだけ侵食されてるんだ。あの子に加えたダメージが実に響くのも当然さ。」



 突き立てた剣から、大地の呪いである黒いつたが広がっていく。

 それを横目に確認し、レイレンは枝から剣を抜いた。



「あそこまで侵食が進んだら、さすがに〝フィルドーネ〟の力でも、無理に引き剥がすのは無理だ。どうにかして実自身にこの世界の主導権を取り戻してもらうか、それか……」



 レイレンは実を見据える。



「くっ……うっ……」



 実は体の右側を押さえて、顔を歪めている。



 おそらく、レイレンの攻撃が相当こたえたのだろう。

 だが実を操っている精霊に退く気はないのか、実はレイレンが自分を見ていることに気付くと、敵意に満ちた目で彼を睨んできた。



 それを見たレイレンは、すっと目を細める。



「それか、実の心を壊すことを承知で、あの子を殺すしかないね。」

「!?」



 提示されたもう一つの手段に、拓也と尚希は揃って絶句する。

 そんな二人に構うことなく、レイレンは実と向き合って、魔力を鋭く研ぎ澄ませていく。



「………っ」



 巨大な魔力に、実が怯んだように身をすくませた。



「悪いけど、実の体を使ったって、僕は一切手加減しないよ。」



 彼女の動揺の理由はお見通しなのか、レイレンはきっぱりと言い切った。



「悪いようにはしないから、素直に実を返してくれると嬉しいんだけどね。」

「………」



 黙る実。

 その沈黙が語るは拒絶。



「ま、そうだよね。最初から、期待はしてないさ。」



 肩を落として一つ息を吐き、その次の刹那に、レイレンは表情を引き締める。



「………っ!!」



 そこに込められたすごみに、実が一歩足を引いた。



 ずるずると、木を引きずって後退する実。

 レイレンがそれを追うように一歩踏み出すと、にわかにその唇が震え出した。

 そして。



「―――っ!!」



 甲高い音が響き、足元が大きく揺れた。



 あまりの揺れに、実以外の全員がバランスを崩す。

 その隙を突いて、地面からいくつもの木の根がレイレンたち目がけて飛び出した。



 ほとんど反射だけで動いた三人だったが、何せ襲ってきた木の量が量だ。

 完全にはけられず、ところどころに傷を負うはめになってしまった。



「キース、危ない!」



 尚希の背後を取った木の根に気付いたレイレンが、その体を思い切り引っ張る。

 それで狙いが逸れた木の根は尚希の首の間近を通り過ぎ、向かいにいたレイレンのこめかみ辺りをかすっていった。



「レイレンさん!?」

「いったー……」



 かすった箇所から流れた血を拭いながら、レイレンは痛みに顔をしかめる。



「ほんと、無茶苦茶だよ。」



 レイレンはぼやき、自分を傷つけた木の根を握った。



「ぶっちゃけ、僕はさっさと処分するものを処分して帰りたいんだけど。」

「ちょっ……レイレンさん!」



 尚希は自分が助けられたことも忘れ、思わずレイレンの胸ぐらを掴んだ。



 なんてことを言うのだ。

 それでは本末転倒ではないか。



 尚希が言いたいことは、十分に伝わっているのだろう。

 レイレンは煙たそうに、尚希から顔を逸らした。



「分かってるよ。エリオスがそんなことを望むわけないもん。できるだけ見捨てないようにするよ。……だからこうして、地味に頑張ってるんだけどなぁ……」



 ぐっと、木の根を掴む手に力を込めるレイレン。

 すると彼の手が触れた場所から、驚くべき速さで黒いつたが広がっていった。



「うああっ」



 その後ろで、苦悶の声があがる。



「つーかまーえた。」



 にやり、と。

 その唇が、綺麗な弧を描いた。


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