滲み出る狂気

 不敵に笑ったレイレンは、木の根を掴んだまま手を下ろした。



 レイレンが根から手を離すと、その根は意志を失ったかのように地面に落ちて、闇の中へと消えていく。



「………っ」



 彼が見つめる先では、実が奥歯を噛んで苦痛に耐えている。



 彼の全身にはレイレンが忍ばせていた大地の呪いのつたがはびこり、その体をぎりぎりと締めつけていた。



「いや~、助かったよ。君が無駄に力を暴発させて隙を見せてくれたおかげで、案外早く縛ることができた。」



 ゆったりとした歩みで実の前に立ったレイレンは、それまで浮かべていた笑顔を引っ込めて実を見下ろす。



「ただ、ちょっとやりすぎかな。」



 深くうつむいている実の服が、じわじわと血の色で赤く染まっていく。



 実の心をむしばんでいる精霊の力は〝フィルドーネ〟の力で封じている。

 ここまでされれば、さすがの彼女も自分に敵う相手ではないと十分に分かったはずだ。



 それでも実を渡したくないのか、必死に自分を拘束する力に逆らおうとしているのが伝わってくる。



 それが実を傷つけるだけだということを、果たして彼女は理解しているだろうか。



「まだ逆らう気? どのみち君は、僕に勝てないんだよ。」



 溜め息をついてレイレンは言うが、彼女にそれを聞き入れる気は皆無のようだ。



「本当は……こういう強行策には出たくないんだけど。」



 レイレンは静かに、右手を掲げた。



「ううっ」



 体を痙攣けいれんさせた実が、胸を押さえる。



「君のことはちゃんと考えるから、とにかく実を表に出してもらえる? 話はそれからだ。」



「………、………っ」



 苦しげにあえぐ実。



 彼女に交渉に応じる気がない以上、今は無理に彼女の意識を眠らせるしかない。

 どちらかと言えば、説得できる余地を残しているのは実の方だろうから。



 レイレンは問答無用で力を込め続けた。



 徐々に彼女の反応が薄くなってきている。

 もう少しで、実に語りかけるだけの余裕ができそうだ。



「………の?」



 実が微かに口を開いたのはその時。



「ほんとに、いいの?」



 その口腔から漏れたのは、舌足らずな少女の声。



「実は、眠りたいって言ってた。私とずっと一緒にいてくれるって言ったもん。今の実、すぐに壊れそう。ほんとに連れてっちゃうの?」



「うん、そうだよ。」



 レイレンは即答した。



「このままじゃ、僕がやるべきことをできないからね。どうせ壊れるなら、君の手でじゃなくて、実本人に壊れてもらわないと困るんだよね。」



「………?」



 レイレンの言葉に不穏な雰囲気を感じ、彼女だけではなく拓也と尚希も眉をひそめた。



「僕がエリオスに言われたのは二つ。一つは実を見守って、できることなら自分の代わりに手を貸してやってほしいってこと。そしてもう一つは、もし実が運命の重さに耐えられずに壊れてしまうなら―――その時はいっそ、実を殺してあげてほしいってこと。」



 淡々と、レイレンは語る。



「だからね、実じゃなくちゃ困るの。そうじゃないと―――エリオスの言いつけどおりに、実を殺せないでしょ?」



 誰が何を思っていようとどうでもいいのか、レイレンは躊躇ためらいなくそう告げた。



 拓也と尚希は衝撃のあまり、一言も発することができずにいる。

 彼女は唇を戦慄わななかせ……



「………冷たい、人……」



 蚊の鳴くような声で呟いた。



「冷たい、か……ちょっと違うかな。」



 一言前置き、レイレンは満面の笑みをたたえる。



「僕は、エリオスが全てなんだよ。エリオスが愛せって言うなら誰でも愛せるし、エリオスが殺せって言うなら、キースでも拓也君でも、もちろん実のことだって殺せるさ。」



 その笑顔は、一切の影を含まない純粋なもの。

 それ故に、どれだけ彼が常軌を逸脱しているかが浮き彫りになる。



 絶句する三人の視線を受けても、レイレンは一向に動じなかった。



「ふぅん、いいんだ? 僕にそんな隙を見せて。」



 完全にこの場を支配したレイレンは、無慈悲に思えるほど躊躇ちゅうちょなく腕を振るった。


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