救いの声

「ティル君、私の声が聞こえるかい?」



 拓也の肩にそっと触れた彼は、優しく語りかける。



「戻っておいで。君が自分を手放したら、実は君という存在を認識できなくなる。ここで一つになれたとしても、実は孤独なままなんだよ。」



「!!」



 拓也の肩が大きく震える。

 その瞬間、尚希たちを遮っていた木々がその狙いを彼に定めた。



 先端が鋭く尖った木の根が、彼を狙ってその触手を伸ばす。



「やめなさい。」



 りんとした声が響いた。



 ピタリと、木の根が止まる。

 木は彼を攻撃できないのか、ふよふよと戸惑ったように自身の体を動かしていた。



「私は、君が支配できない次元の守りを受けている。君に私を傷つけることはできないよ。引きなさい。」



 彼はそう言うと、拓也に語りかけることを再開した。



「よく考えて。今ここで一つになるということは、君という存在が消えてしまうことになる。君が消えてなくなってしまうことを、実は喜ぶと思う?」

「………」



「実のことが分からなくて、つらいね。」

「………っ」



 拓也の表情に変化が現れる。

 彼はそんな拓也の髪を、優しくなでた。



「ありがとう。そこまで、実のことを考えてくれて。でもね、まだ一つになるのは早いんじゃないかな?」

「……は、や…い?」

「そうだよ。」



 彼は微笑む。



「一つになるのは、別に実の気持ちを知ってからでも遅くないんじゃない?」

「実の……気持ち…?」



 拓也が微かに呟く。

 その瞬間、拓也を侵食していた闇の動きが止まった。



 彼は穏やかに言葉を紡ぎ続ける。



「実はね、じれったいくらいゆっくりだけど、君たちに心を開きかけている。その変化に、実も戸惑ってるみたいだけどね。あと一息なんだよ。」



「………ううっ……」



 拓也の表情が、大きく歪む。



「焦らないで。ゆっくりでいい。ゆっくり、ゆっくり戻っておいで。」



 彼の言葉は、まるで魔法のように響く。



「静かに深呼吸して。今は、自分の気持ちとだけ向き合おうね。」

「………」



「実の気持ちを知りたい?」

「………知り、たい……」



「それはどうして?」

「おれが、やるべきことを……見つけたい。」



「いいの? それは実のため? 嫌なこともたくさんあるよ。」

「だって……仕方ない、だろ。」



 ぐっと、唇を噛む拓也。



「今まで、散々な目に遭ったよ。でも終わった後に、結局〝まあいっか〟って思っちゃうんだ。何度も実から距離を置くタイミングはあった。でも、どこで引いたとしても、絶対におれは後悔した。これからもきっとそうだ。だったら、実から離れて後悔するよりも、実の傍でやるべきことを見つけたい。」



 拓也を飲み込もうとしていた闇が、どんどん引いていく。



「実のためじゃない。実をあるじだって認めたからでもない。」



 拓也は一層顔を歪め、全身全霊で叫んだ。





「ただ、おれがそうしたいだけなんだ!!」





 その刹那。



 ――― パァンッ



 そんな澄んだ音が響いて、拓也にまとわりついていた闇が一掃された。

 強い拓也の意志は光の波紋となり、周辺にはびこっていた木々をも木っ端微塵にしてしまう。



 気付けば砂嵐やノイズも消え失せ、そこにはまた静寂と闇が戻ってきていた。



「あ、れ…?」



 ゆっくりと目を開いた拓也が、きょとんとして目をしばたたかせる。

 そこに。



「ティル!!」

「拓也君!!」



 尚希とレイレンが、必死の形相で駆けつけてきた。



「わっ…」



 駆け寄ってきた尚希にそのままの勢いで強く抱き締められ、仰天した拓也は、石のように固まってしまう。



「この馬鹿野郎! 心配させやがって…っ。実もお前も、ちょっとは素直に言うことを覚えろってんだ。ほんと……よかった……」

「キース……」



 拓也は茫然と呟く。



 拓也が取り込まれずに済んだことに、心底ほっとしたのだろう。

 尚希の声はなかば涙声になっていたし、拓也を抱き締める体は、拓也からでも分かるほどに震えていた。



 そんな尚希の感情を察し、拓也はようやく自分がどうなっていたのかを理解する。

 そして、自分が誰に助けられたのかも。



「………ごめん。」



 肩を落とし、拓也は震える尚希の肩をいたわるように叩いた。

 そして次に、自分を助けてくれた彼に視線を向ける。



「よく乗り越えたね。おかえり、ティル君。」





 慈愛に満ちた表情で彼は――― エリオスは、穏やかに微笑んだ。




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