ここで取り込まれたら―――

〝実たちと一つになってしまえば〟



 追い詰められた心が、そんなことを考えた瞬間―――



「!?」



 かくん、と。

 両足から力が抜けた。



「拓也!?」



 後ろで派手に転倒した拓也に気付き、尚希が慌ててUターンする。

 しかし、尚希が拓也に近付こうとすると、それを阻むように木々がその進路を遮った。



「うっ……つ……」



 拓也はゆっくりと起き上がり、肩で大きく息を繰り返した。



 なんとか気合いで起き上がったが、これ以上は一ミリも体が動きそうにない。



 どくどくと心臓が暴れて、聴覚いっぱいに大量の血が流れる音が響いて、頭がぼうっとしてくる。



 一つに、なれば……



 まるでその言葉を待っていたとでもいうように、脳裏がそれ一色に染まる。



 馬鹿だ。

 自分のせいで他人が巻き添えになるなんて、それこそ実は望まない。

 それが実のせいではなかったとしても、実はきっと自分を責める。



 ―――ああ。でも、そうか……



 それは、自分が他人として存在しているからいけないのか。

 自分が実と一つになってしまえば、自分は他人じゃなくなるじゃないか。



 そうか。

 それでいいんだ。





 そうすればきっと、もう誰も寂しくない―――……





「………」



 頭がしびれて、視界の焦点が合わなくなる。

 ぼやけた世界と、ふわふわと宙に浮いているような体のだるさ。



 なんだか……とても、気持ちいい。



 荒くなっていた拓也の呼吸が、突然落ち着きを取り戻した。

 そして、地についた拓也の両手が、じわじわと黒い色に染まっていく。



「―――っ!!」



 レイレンが息を飲んだ。



「キース、拓也君のとこに急いで!!」



 魔法で尚希を援護するレイレンは、切羽詰まった声で訴える。



「怪しいとは思ってたけど、やっぱり拓也君も取り込まれかけてたみたい。早く呼び戻さなきゃ! ここで取り込まれたら、百パーセント助からない!!」



「なっ!?」



 レイレンの言葉に尚希が瞠目し、先を急ごうと速度を上げる。



 だが、尚希たちの焦りに比例するように彼らを妨害する木々の量が倍増する。

 それは、実の元へ進もうとする時とは比べ物にならないほどの抵抗だった。



「な、何なんだよこれ!?」



 二人がかりでもさばききれない量で迫ってくる木々に、尚希がたまらず大声をあげる。

 その後ろで、レイレンが舌を打った。



「最初から、第一のターゲットは拓也君だったってことか。」



 おそらくあの精霊には、実と一緒に拓也の心をさらった時から、拓也を取り込める自信があったのだろう。



 想定外のことがあったとすれば、拓也が自分たちと合流しようと思えるだけの理性をまだ保っていたこと。



 だからあえて、自分たちだけを攻撃した。

 妨害が拓也を狙わないと知れば、自然に自分たちの注意は拓也から逸れがちになる。



 つまり、あの妨害は拓也から最後の理性を奪うための時間稼ぎだったのだ。



「そんな……拓也、しっかりしろ!! オレの声、聞こえてるか!?」



 尚希が必死に声をかけるが、拓也はうつむいたまま微動だにしない。



 その手から広がった黒いしみは肩まで侵食を進め、さらに地面に触れていた両足からも黒い色が広がっていく。



 このままあの闇に飲み込まれれば、拓也は―――



「やめろ……」



 微かに震えた尚希は、次の瞬間手にしていた剣を投げ捨て、目の前に立ちはだかる木の幹に掴みかかった。



「ふざけるなよ…っ。なんのためにここに来たと思ってんだ! 頼むから、連れていかないでくれ!!」



「キース、落ち着いて!!」



 我を失いかけている尚希の肩を、レイレンが大きく揺する。



「言ったでしょ、心を乱しちゃだめだって! あの子は、僕たちの心の隙から僕たちを取り込みにかかるんだ。拓也君のことで動揺すれば、そこにつけ入られるんだよ!?」



「そんなの知るかよ!! あんな拓也を見て動揺するなって言われても、無理に決まってんだろ!?」



 レイレンの手を大きく振り払い、尚希は木々に邪魔されながらも必死に進む。



 拓也の体が、どんどん黒く染まっていく。

 時間はあまりにも無情だ。



 このままじゃ、到底間に合わない。





「拓也……―――――ティル!!」





 力の限り、尚希が叫ぶ。

 その時。



 ―――ふわり、と。



 音もなく、それは舞い降りた。


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