本当に、助けるべき?
闇に満たされた地面から音もなく生えて、多方面から襲う木々。
尚希とレイレンは、襲い来るそれらを問答無用で蹴散らして進む。
ここは、実の心に左右される世界。
その世界をあの精霊がこうして自分のもののように操れているのは、それだけ実の心が彼女に支配されつつある証拠なのだろう。
急がなければ。
実の心が、完全に溶けてなくなってしまう前に。
拓也も、前を切り開く尚希たちを追いかけて走った。
確かにレイレンが言っていたとおり、この世界からの妨害は自分を狙わない。
あの精霊がこの世界の主導権を握りつつあるなら、自分が尚希たちに色々と情報を流したことも知っているはず。
もちろん、自分に実を助ける気があることにも気付いているはずだ。
それなのに、木々は決して自分を狙わない。
自分から招いた人間は攻撃できないのだろうか。
それとも彼女にとって、自分は攻撃する必要がないということだろうか。
「………」
拓也は眉間にしわを寄せる。
……もしかして、尚希たちには言えなかった心を見抜かれている?
それに思い至った瞬間、一気に胸の中に苦い気持ちが広がっていくようだった。
実を助けなくてはいけない。
そう思うのに。
―――――本当に?
他でもない、自分の心がそう問いかけてくるのだ。
『別に実と道連れになろうと思ったわけじゃないんだ?』
レイレンに投げかけられた言葉が胸に刺さる。
あの問いに〝そうだ〟と断言できたなら、どんなによかっただろう。
でも、自分はあの言葉にかなり動揺していた。
実が精霊に飲み込まれたあの瞬間、自分の中の血という血が凍りついたようだった。
今まで踏み締めていたはずの地面が崩れてしまうようで、不安で不安で仕方なくなって……
頭の中が真っ白になってしまって……
―――せめて一緒に連れていってくれ、と。
本気で、そんなことを願ってしまったのだ。
あの衝動的な願いをレイレンが聞いたら、なんと言っただろう。
やっぱり実と道連れになるつもりだったじゃないかと指摘とされれば、自分にそれを否定することなどできない。
「………、………っ」
拓也は歯を食い縛る。
自分の中にわだかまる疑問を払拭できない。
脳裏が埋め尽くされてしまう。
〝本当に、実を助けるべき?〟
そんな疑問で。
実は、助かりたいと思っているのだろうか。
本当に実は、それを望んでいるのだろうか。
一緒に連れていってほしいと願ったことも。
今実を連れ戻そうと走っているのも。
結局のところは全て、魂の共鳴が告げた主従関係にしがみつきたいという自分のわがままではないのか。
そう疑わずにはいられないのだ。
「くっ…」
体が重い。
息が上がる。
走らなきゃいけないのに、立ち止まってしまいたい。
(くそ、分かんねぇよ……)
再び湧き上がってきた泣きたい衝動をこらえ、拓也は必死に体を動かした。
つらい。
苦しい。
もう嫌だ。
誰か……誰か……
脳内に、実の声が
分からない。
いくら考えても分からなくて、思考が悲鳴をあげそうだ。
『……実?』
あの時、自分の上着の
実の不思議な行動に首を傾げた自分に、実は慌てて手を振って自身の行動をごまかした。
今なら分かる。
あれが、今の実にできる精一杯のSOSだったのだと。
何故、あの時に実の限界を察してやれなかったのだ。
今ならこんなにも明らかに分かるのに。
あの時の実は、一体自分に何を求めようとしたのだろう。
(おれは……どうすればよかったんだ……)
周囲の空気が変質していくような気がする。
どんどん体が動かなくなっていく。
まるで、泥水の中を進んでいるようだ。
もがいても、必死に走っても、自分が望むものには手を伸ばせない。
幻だとは分かっているが、そんな錯覚がどうしようもなく自分の中を支配していく。
(頼むよ、実……)
じわじわと、心が追い詰められていく。
お願いだから教えてほしい。
何がつらくて、何が苦しいのか。
実が求めていることは何なのか。
教えてくれないと分からない。
自分が何をするべきなのか、分からないではないか。
―――寂しい、と。
あの精霊は、そう訴えていた。
そして、実からも同じ思いを感じたのだと言う。
もし彼女が感じたように、実が寂しいと思っているのなら……
どうすれば、実が寂しいと思わずに済む?
どうすれば自分は、実の傍に行ける?
もういっそのこと―――自分も、実たちと一つになってしまえば……
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