一風変わった精霊たち

 レイレンの話によると、この場の秩序が大きく乱れているのは、母体クラスの精霊がいるからだという。



 精霊が増えるメカニズムは全く分かっていないが、精霊の中には仲間を増やす力を持った存在もあるらしい。



 そういった存在が力を大きくした結果、イルシュエーレのように精霊王と呼ばれるまでの存在に育つのではないか。



 城の研究では、そういう推測がなされているそうだ。



 この場を支配するのは実質的にその精霊のようで、彼女を向こう側へ帰すことができれば、ここの空気も正常に戻るはずだ。



 しかし、彼女の力が強すぎる今は、彼女の元へろくに近付くことができない。



 まずは周囲を飛び回っている精霊たちから向こうへと帰すことで、彼女が支配できる勢力を減らしていき、少しずつ彼女に近付いていくしかないだろう。



 そんなわけで……



「なあ、頼むよー。」



 拓也は虚空に向かって両手を合わせる。

 その視線の先では、色とりどりの精霊たちが面白そうに拓也を見下ろしていた。



「うーん…。別に、帰れるなら帰ってもいいけどー……」



「こっちにも慣れてきちゃったよねー。」



「ねー。帰れなくなっちゃったから、もうこっちで生きていくしかないよねって、せっかくみんなで前向きに話してたのに。」



「帰れなくなって困るなら、なんで人間にくっついていったんだよ。普段は隠れて出てこないくせに!」



「だって、面白そうだったんだもん。」



「あー、やっぱりな。その答えなら、もう腐るほど聞いたわ!」



 辟易としながら拓也が言うと、精霊たちはくすくすと笑い声をあげた。



 仲間を増やせる母体クラスの精霊がいる以上、精霊が増殖するスピードより、精霊を減らすこちらのスピードが早くなくてはならない。



 話し合った結果、四人がそれぞれ散らばって、同時に精霊たちを向こう側へ帰すことになった。



 この中で唯一精霊を見ることができない尚希には、レイレンが魔法で目と耳の機能を補完した。



 初めて経験する世界に、尚希は思い切り顔をしかめると……



『お前ら……今まで、こんなにやかましい世界で生きてたのな。』



 そんな同情的な視線を向けてきた。



 確かに、いきなりこんな世界に放り込まれたら、うるさく感じてしまうのかもしれないが……



 拓也は半目で周囲を見回す。



 物心ついた頃からこんな風景が見えていたのだ。

 自分としては、今さらどうということもない。



 そもそも向こう側の精霊たちは、自分たちを見ることができる人間が少なからず存在すると分かっている手前、本来なら滅多に人間の前に姿を現さないのだ。



 相当精霊たちに気に入られないと、特別な呼びかけなしには応えてもらえないと思う。



「ねえねえ! 帰ってあげてもいいから、一緒に遊んでよ♪」



 髪の毛を引っ張られ、拓也はとうとう溜め息をつく。



 そう。

 本来なら、精霊はこんなにフレンドリーな存在なんかじゃない。

 ここにいる精霊たちが、ちょっとばかり特殊なだけで。



 彼女たちは自分が普通に話しかけただけで寄ってきて、えらく気さくに接してくる。

 しかし、話を素直に聞いてくれる反面、交渉にいちいち条件をつけて遊んでくるのだ。



 大抵は一緒に遊びたいだの、あるものが見てみたいだのと、比較的簡単な要望で済んでいるのだが、こなす数が増えればその分疲れもかさむ。



 まあ、彼女たちがこういうタイプじゃなければ、次元移動をする人間に興味本位でついていくなんてことはしなかっただろうが。



(レイレンさんも大変だな……)



 手伝い始めて一時間以上経つが、すでに大変さと面倒さが骨身にみている。



 昔から当然のように精霊が見えていたので、彼女たちの属性など気にしたこともなかったが、地の精霊たちがこうも難儀な存在だとは思わなかった。



 彼女たちは面白いくらい懐いてくるが、逆に離れたがらないのだ。



 彼女たちを元の住処すみかへ送り届けるまで到達できても、そこから彼女たちを置いて自分だけが地球に戻ってくるまでにまたひと苦労する。



 慣れた様子で精霊たちをあしらうレイレンを見る限り、こんなことが〝フィルドーネ〟の日常なのだろう。



 地の精霊たちの束縛力が桁違いという話も納得したし、そんな精霊たちを一人でなだめているレイレンも称賛に値すると思う。



 それに……



(ある意味、尚希にぴったりの仕事かもな。)



 素直にそう思ってしまう。



 尚希の世話焼きは今に始まったことじゃないし、実際に彼は、初めて精霊と触れ合うとは思えないほどの対応力を見せていた。



 精霊たちの頼み事も嫌な顔一つせずに受け入れるし、それでいて自分が都合のいい方向に彼女たちを転がすのがまあ上手い。



 途中、尚希が精霊たちに気に入られすぎたらどうしようと、レイレンが冷や汗を流していたくらいだ。



 これぞ、尚希が次期領主として磨きあげてきた技術の真骨頂か。



 それか、尚希にとっては精霊たちの相手など、自分たち問題児二人の監督に比べたら生易しいということか?



「なんか、そう考えたらムカつくな。」



 思わず、口から本音が漏れてしまった。

 すると―――



「ムカつくって、何が?」



 途端に、精霊たちが食いついてきた。



「いや、こっちの話。」

「ふーん、そっかぁ。」

「それより、早くこっち来てー!!」



 初めから、特に興味もなかったのだろう。

 精霊たちは相づちもそこそこに、服やら髪やらを引っ張ってくる。



「分かってるよ! お前ら、しばらく付き合ったら本当に帰るんだろうな!?」

「帰る帰るー♪」



 彼女たちはご機嫌で空を泳ぐ。



 レイレンが言っていたとおり、この辺りの精霊は帰ることを渋らない。



 事情を聞くと、遊びのつもりで人間と一緒に地球に来たはいいものの帰れなくなり、故郷の力が濃いこの場所に引き寄せられたという話だ。



 ふう、と。

 拓也は疲労の吐息をつく。



 先はまだ長い。

 作業が進むにつれて、警戒心が強い精霊たちが増えてくると聞いている。



 当然、交渉の難易度は上がってくるはずだ。

 このレベルで音を上げていては、身が持つまい。



「……よし。」



 一言呟いて、気持ちを切り替える。

 ふと視界のすみに人の姿を捉えたのは、その時のことだった。


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