募る不安

 目についたのは、実の姿だ。



「さすが実。すごい数だな。」



 思わず足が止まった。

 木々の間にたたずむ実の周囲には、ものすごい数の精霊たちが集まっていた。



 この辺りの精霊たちは人間に友好的とはいえ、全員がそうというわけじゃない。

 精霊たちの中には、急に乗り込んできた自分たちを警戒して、姿を隠している精霊もいる。



 そういう精霊たちは、ほとんど実が対処していた。

 たまに出てくる地属性以外の精霊なんか、実の傍にしか現れないくらいだ。



 実につくイルシュエーレの加護の力が彼女たちを安心させられるのと、実自身も警戒心の塊みたいな人間なので、何か互いに通じるものがあるのかもしれない。



 実は精霊たちをまとわりつかせたまま、その場からピクリとも動かない。

 いつもなら、この距離でこちらの気配に気付いて振り向いてくるはずだが。



「………」



 不安が湧き上がる。



 食い入るように木々の奥を見つめて、涙を流した実。

 今の実に漂う雰囲気が、なんとなくあの時と同じもののように感じられて……



「みんな、ちょっとだけ待っててくれ。」



 精霊たちに断りを入れ、拓也は実へと近づいた。

 あの時のように意識がどこかに飛んでいたらと心配したが、数メートル近づくと、実はあっさりと顔をこちらに向けた。



「ああ、拓也……」



 名前を呼ばれ、拓也はその場で立ち止まる。

 実がこちらに気付いたからというのもあるが、実の周囲を囲む精霊たちが、極端に怯えた様子を見せたからだ。



「大丈夫。おれはこれ以上、そっちに行かないから。」



 一応距離感は分かっているつもりなので、念のために精霊たちに向けてそう宣言する。

 実はそんな拓也の言葉に苦笑し、無言のまま近くにいた精霊の頭を優しくなでた。



「そっちはどうだ?」



 当たりさわりのない問いかけをする拓也。



「今のところは順調かな。みんな話せば分かってくれるし、俺のところに来る子は、向こうに帰りたがってる子ばっかだから。他にも帰りたがってる子を連れてくるって言うから、今はそれを待ってるとこ。」



「なるほどな。」



 拓也は、実の周りに集まる精霊たちを眺める。



 精霊たちが自主的に仲間を集めてくれているなら、この数にも納得だ。

 精霊たちを説得するだけではなく自主的に手伝ってもらうなんて、きっと実くらいにしかできない芸当だろうが。



「悪いな、大変なことを任せちまって。」



 説得にそう時間がかからない分、実は四人の中で一番多く、二つの世界間を行き来している。



 頻繁に使わない魔法を繰り返し使っているのだ。

 疲労も溜まっていることだろう。



 気遣わしげな拓也に対して、実は静かに首を横に振った。



「いや、大丈夫だよ。俺からは、拓也たちの方が大変に見えるんだけど。だってほら、あそこで待ってる精霊たちって、拓也が相手してるとこなんでしょ? 話すだけで済んでる分、俺は楽だよ。」



 平気だと笑う実だが……



「………無理するなよ。」



 なんとなく、その言葉をかけずにはいられなかった。



 とにかく何かを語りかけて繋ぎ止めないと、ふとした拍子に実が空気に溶けて、はかなく消えてしまうのではないか。

 漠然とした不安が、胸にわだかまっていた。



 実は拓也にそう言われると少し驚いたような顔をして、次にどこか悲しそうに眉を下げた。



「そんなに、無理してるように見えた?」



 柔らかい口調で問われる。



「い、いや……なんとなく……」



 改めて問いかけられると言葉を返すことができず、拓也は曖昧あいまいに返事を濁すしかなかった。

 実はくすりと笑い声を漏らして、肩をすくめる。



「ごめん、意地悪だったかな。ありがと。でも、無理しないようにこうして精霊たちに手伝ってもらってるんだし、そこまで心配しなくていいよ。」



「まあ、そうかもしれないけど……」



「俺なら大丈夫だから。今拓也が相手しなきゃいけないのはあっちでしょ?」



「……でも、やっぱり無理はするなよ。お前って、自分でも気付かないうちに、自分を追い込んでる時があるから。四人もいるんだし、しんどい時はしんどいって言っていいんだからな。」



 後ろ髪は引かれたが、拓也はそう言い残して実から離れた。



「ごめん、待たせた。」



 律儀にそこで待っていた精霊たちに詫びると、彼女たちは特に気を害した風でもなく頭を振った。



「ううん、大丈夫だよ。」

「お友達?」

「うん、そう。」

「そっかぁ……」



 拓也が頷くと、精霊たちはどこか曇った表情で実の方へと顔を向けた。

 そして。





「ねえ…。あの子、大丈夫?」





 突然、そんなことを訊いてきたのだ。



「え、何が?」



 思わぬ展開にぎょっとする拓也。

 できるだけ平静を装うも、不安がさらに心を侵食していく気分だった。



「なぁんか、あたしたちに近すぎて、妙な感じがする子だと思って。人間のはずなんだけど、人間のにおいが薄いっていうか……」



 一人が呟くと、周りの精霊たちもそれに同意を示すように頷いた。



「気をつけた方がいいよ。ああいう子って、そんなに長く生きられないの。油断したら、すぐに心をさらわれちゃう。」



「………」



 拓也は精霊たちの視線を追った。

 その先にいる実はこちらのことは気にせず、周囲に群がる精霊と何かを話している。



〝心をさらわれる〟



 今しがた聞いた言葉が、脳裏で何度も反響する。



 自分でも気付かないうちに涙を流した実。

 もしかして実はもう、あの時すでに心を囚われていたのではないだろうか。



 大丈夫だと微笑んだ実の姿が、呼べば声が届くくらい近くにいるはずの実の姿が、なんだか果てしなく遠く感じる。



 この不安は、ただの杞憂きゆうでは終わらない。

 確証はないが、確信はできた。



「なあ、ちょっと頼み事があるんだけど。」



 拓也は小さく、彼女たちへと語りかけた。


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