第2章 侵食

ここはどこ…?

 嫌がる実と苦笑する尚希たちを連れてレイレンが訪れたのは、街の郊外にある広い森林公園だった。



 大小六つの広場を緑に囲まれた遊歩道とサイクリングロードが繋ぐこの公園は、行楽シーズンになると多くの人々で賑わうことで名が通っている。



 人工的に造られたせせらぎでは釣りをすることもでき、夜にはささやかながらもイルミネーションを楽しむことができるらしい。



 紅葉シーズンが始まってきた今の時期は、散歩やピクニックに訪れている人が多い。



「ねぇ……こんな所まで連れてきて、何があるわけ?」



 マンションからタクシーに乗って、かれこれ三十分。

 これだけの時間をかけたくせに、もしくだらない用事だったら、その時はどうしてくれようか。



 不機嫌丸出しの実に対して―――



「もっと奥。そのうち、意味は分かるから。」



 レイレンはいやに真剣な面持ちをしていた。



 ここでやっと、レイレンが真面目な用件で公園を訪れたことを悟り、実はそれ以上の悪態をつくことをやめて口をつぐんだ。



 レイレンはしばらく、遊歩道に従って公園内を進んだ。



 日の当たる広場では聞こえてきていた賑わいも、木々が鬱蒼うっそうと乱立する奥へ進むにつれて小さくなっていき、今は聴覚いっぱいが遊歩道の板を踏む音で満たされている。



 レイレンが途中から遊歩道を外れて進み始めたことで、板を踏む音は枯れ葉を踏む乾いた音へ。



「………?」



 初めに感じたのは、微かな違和感。



 実は顔をしかめる。



 なんだろう。

 ちょっとだけ、体が軽くなったような気分だ。



 まあ拓也から聞いた話では、この地域は元々そういう場所らしいので、こんなこともありえるか。



 この時は、自分の違和感にそこまで深刻に取り合わなかった。

 しかし―――



「………」



 実は口元を押さえる。



 おかしい。

 違和感はあっという間にあふれて、危機感に変わる。



 拓也も尚希も普通に歩いているが、この危機感にかされているのは自分だけ?



「………、………っ」



 おかしい。

 ありえない。



 進めば進むほど、全身を包む空気が変質していく。



 いくらなんでも、この濃度は異常だろう。

 いや、濃度が高いだけならまだいい。



 今感じている、この力は―――



「レイレン!」



 思わず、彼を呼び止めた。

 何事かと驚いて振り向いてきたレイレンに、実は紙のように白い顔で訊ねる。





「ここ……どこ?」





 馬鹿な質問をしている自覚はある。

 でも、これ以上はもう耐えられない。



 視界に映っている世界と体が感じ取っている世界の食い違いに、頭が混乱してパニックを起こしそうだ。



「嘘でしょ、実……まさか、このレベルで気付いちゃったの?」



 レイレンの表情が、みるみるうちに険しくなっていく。



 やはり、自分が感じ取っているものは思い違いなどではないのだ。

 彼の表情から答えを察するのは簡単だった。



「じゃあ、やっぱり……」

「……うん。そういうこと。覚悟してて。これから、もっと濃くなるよ。」



 実のうめきにそうとだけ答え、レイレンは再び歩き始めた。



「おい、大丈夫か?」



 すぐに隣に来た拓也が、肩を支えてくれる。



 その厚意に甘えて拓也の方に重心を傾けながら、実はできるだけ深く呼吸をするように心がけた。



「大丈夫。ここが特殊な場所なんだって言い聞かせれば、気持ち悪さもどうにかなると思う。」

「特殊な場所?」

「うん。もう少し空気のバランスが傾けば、拓也にも分かると思うよ。」



 この時の拓也は、まだ不思議そうにこちらを見るだけだった。

 しかしそんな表情も、レイレンが奥へと進むにつれてだんだん変わっていく。



 きっと、拓也も自分と同じものを感じ、その意味に気付いたのだろう。

 ふとした拍子に、驚いた顔で周囲を見回しているのがいい証拠だ。



「うーん…。今日進めるのは、ここまでかな。」



 そう言ってレイレンが立ち止まったのは、遊歩道を外れてから二十分ばかりが経過した頃のことだった。


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