新たな厄介事の気配

「地の精霊は日の光を好む。僕や君みたいに、朝日や夕日の色を目に宿して生まれた人間は、地の精霊に好かれやすいんだ。僕に〝フィルドーネ〟の神託が下りたのも、半分以上はこの目のせい。――― で、魔力量、技術力、身体的特徴を踏まえると、今の時点で僕の後継者になりえるのは、キースだけなの。どう、分かった? 君が目をつけられてたのって、君がニューヴェルの次期領主って理由だけじゃないんだよ?」



 やまぶき色の双眸を細め、レイレンはくすくす笑った。

 そんなレイレンに対し、何かに思い至ったらしい尚希は、困惑の色を引っ込めた。



「……そういうことだったのか。あのサリアムがオレに譲歩案を持ってきた理由が、今すっきりと分かったよ。じゃあレイレンさん、本当は城から、オレを懐柔してくれって依頼されてたりするんじゃないか?」



「あら、ばれた?」

「そりゃあな。」



 うんざりと息を吐く尚希。



「この間、ニューヴェル次期領主の名前を派手に使ったわけだし、オレがニューヴェルに戻ってることは城も知ってるはずだ。なんの音沙汰もないからおかしいとは思ってたけど、やっぱりオレのことを諦めたわけじゃないのね。」



「ま~ね~。今からキース以上の適合者を見つけようったって無理な話だし、どうにかして城に戻ってきてほしいみたいだよ。おかげで、サリアムがかなりやきもきしてるみたい。本当はサリアムがここで君を見つけた時、城からの第一の命令は、君を説得して連れ戻してくることだったんだよ。それなのにサリアムったら、勢い余って君を殺しかけちゃったもんだから、あの後上層部に大目玉食らってね。今は、君に関わることを禁じられてるって話。」



「ほとんど城にいないくせに、なんでそんなことを知ってんの?」



「仮にも四大芯柱の一人だもん。情報は、向こうから勝手にやってくるってね。でもま、安心してよ。僕がここに来たのは久しぶりに実の顔を見るためだし、初めっからキースを説得する気なんてないよ~。」



 レイレンは大胆にも、そんなことを言ってのける。

 拓也と尚希はその発言にひどく驚き、さらに続いた彼の言葉にずっこけそうになるのであった。



「だって僕、エリオスのこと以外に興味ないもん。」



 なんとも彼らしい理由である。



「もう! 少しは自分のことも考えろっての!」



 たまらず、尚希が喚いた。



「本当に自由人だよな、あんたって! もしオレが〝フィルドーネ〟の継承を断ったら、どうするつもりなんだよ!?」



「その時はその時かなぁ~。」



「ああっ、話にならん! その腕のやつとか、どうするんだよ!? 死ぬようなもんじゃないって言ってたけど、限界を超えたらどうなるか分からないんじゃないのか!?」



 説教口調で怒鳴り、尚希はレイレンの腕に手を伸ばした。

 しかし。



「―――っ!!」



 レイレンの表情が一変する。

 彼は腕に触れる寸前だった尚希の手を、手袋をはめた方の手で払いのけた上で、大慌てで席を立って尚希から離れた。



「へ?」



 ポカンとする尚希。

 一方のレイレンは、焦った様子で自分の手をかばっている。



「もう、びっくりさせないでよ。キースは僕の素手に触ったらだめ!!」



「ええっ、なんで……」



「僕がただのファッションで、こんなものをつけてるのでも思ってたの? 実の解説をよくよく思い出してごらん。あー、危ない危ない。」



 外していた手袋をはめ直し、レイレンはふっと息を吐いた。



「僕がなだめてるとはいえ、精霊たちが気に入った人を自分の傍に置きたがるのは変わらないんだよ。キースみたいに大地と相性のいい子がコレに触れたら、その瞬間に君を気に入った精霊が、大地の呪いごとそっちに移っちゃうよ。そしたら強制的に、僕の後継者になることが決まるけどいいの?」



「うっ、それは……」



 途端に、尚希が苦い顔をする。



「分かればよし。」



 レイレンは腰に両手を当てて頷いた。



「大地の呪いを引き継いだ以上、こういうことには注意しなくちゃいけなくてね。急に叩いてごめんね。でも、とにかくキースは素手の僕に触っちゃだめ。実も精霊と仲がいいもんだから下手なことはできないし、君は……」



「拓也は俺と一緒で、特別な呼びかけなんかしなくても、精霊たちが力を貸してくれるタイプだよ。」



「じゃあ、君もだめだ。もう、君たちは揃いも揃って……類友ってやつなの?」



 そこまで言って、レイレンははたとその場で固まった。



「でも……そっか……」



 何を思いついたのか、彼の表情に冷静さが広がっていく。



「大地との相性がいい子が一人に、精霊と仲良しっ子が二人……これはもしかすると、なんとかなるかも。」



 ものすごく嫌な予感しかしない。

 彼の呟きを聞き、実は迷わず椅子から腰を浮かせた。



「み・の・る?」



 そのまま上着に手をかけた実の肩を、すかさずレイレンがにこやかな笑顔で捕まえる。



「どーこ行くの?」

「帰る。」



 ぶっきらぼうに実が告げると、途端にレイレンが肩に置く両手に力を込めた。



「あーっ! やっぱり、逃げる気だったよね!?」

「あったり前だ! 厄介事なら、どっかに捨ててこい!!」



「そこをなんとかぁ! 僕だけじゃ、ちょっと厳しいんだよ! エリオスとは連絡つかないし、向こうにも帰れないし、もう頼れるのは実たちしかいないんだって~!!」

「だあぁっ! どさくさにまぎれて、抱きついてくるな!!」



「お願いだからー!!」

「ああもう…っ。分かった。分かったから、とにかく離れろ!」



「あと五分。」

「気持ち悪い!!」



 調子に乗って頬ずりを始めたレイレンの頭に、実が遠慮なしの肘鉄を叩き込む。

 そんな二人の姿を見つめながら……



「なんか実って、あの手のタイプにめちゃくちゃ好かれるよな。」



「本気で嫌がりはしても、本気で嫌うわけではないから、安心して反応を楽しめるのがいいんだろうな。さらっと流すことができればいいんだろうけど、よくも悪くも律儀で真面目な実だから。」



 拓也と尚希は、しみじみとそんな感想を述べた。


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