大地の呪い

 レイレンの手が置かれた瞬間、そこに変化が起こる。

 瞬く間に、机の木が変形したのだ。



 ニスで艶やかに光っていたはずの机がでこぼこに歪み、そこから枝が勢いよく生えた。

 その枝は一直線にレイレンを目指し、あっという間に彼の腕を包んでしまう。



「うわ……すごい精霊の数だ……」



 拓也が、どこか顔を青くして呟いた。

 レイレンが机に触れた箇所から大量の精霊が噴き出し、彼を飲み込まんと群がっているのだ。



「あれ、もしかして君も見える子?」



 目をまたたくレイレンに、拓也はこくりと頷いた。



「そっかぁ。君も、災難な目を持っちゃってるんだねぇ。すごいでしょ、コレ。これが大地の呪いから受ける、〝フィルドーネ〟の特異体質ってとこかな。」



 レイレンはそう告げ、机から離した手を虚空に掲げる。



 すると、彼の手のひらまで伸びていたあざが、急に意識を持ったように動き始める。



 痣はつたを伸ばすと、レイレンの腕と精霊たちをおりにでも閉じ込めるような形を作り、そこにたくさんの葉を茂らせた。



 レイレンの周囲に集まっていた精霊たちは、黒い蔦に触れて安心したように目を閉じる。



 精霊たちの姿はやがて蔦と同系色の力の塊に変わり、レイレンの手へと戻っていく蔦と共に消えていった。



 最後に残るのは、数分前と同じ、レイレンの肌に沿って蔓延はびこる痣だけだ。



「………」



 想像を絶する光景に、誰もがしばらく、反応らしい反応を忘れてしまう。



「……久しぶりに見るけど、やっぱりきついね。」



 長い沈黙の末、実がやっとそう零して額に手をやった。



 頭がくらくらする。

 レイレンの周囲に一瞬で濃厚な力が満ちたかと思ったら、これまた一瞬でその力が彼の内へと消えていったのだ。



 無意識に強張っていた体がすぐに警戒を解くこともできず、突然収まってしまった力に戸惑っているではないか。



「あはは。実には、ちょっとつらかったか。」



 変形してしまった机を綺麗に直しながら、レイレンが面白おかしそうに笑う。



「分かってたくせして、よくもまぁ…。ほんとに、あんたって性格が歪んでるよ。」

「ふふふ、ありがと。」



 別に、褒めたわけではないんだけど。



 全く懲りた様子がないレイレンに、渋面を作らざるを得なくなってしまう実。

 そんな弱った実の顔を見て満足したのか、レイレンは上機嫌で説明を再開した。



「今までの説明でなんとなく分かったと思うけど、〝フィルドーネ〟の仕事は、各地を巡って地の精霊の暴走を鎮めること。そうしてると、どうしても口だけじゃ収められない子も出てきちゃってね。そういう子たちは、この痣の力で僕の中に住まわせてあげて、常に一緒にいて相手をしてあげる必要があるのさ。そうすると、僕の中はいつも精霊たちでいっぱいなわけ。さすがの神様でも、精霊たちから〝フィルドーネ〟の体を横取りはできないみたい。他の四大芯柱が神様の器候補なら、〝フィルドーネ〟は精霊たちの器って言えるのかもね。」



 知られざる〝フィルドーネ〟の実態に、拓也も尚希もどこか険しい表情で口も真一文字に引き結んでいる。



 高い技術と知識を持つ彼らなら、分かるはずだ。

 馬鹿みたいに明るく振る舞うレイレンが、その肩にどれだけの重荷を背負っているかということに。



「……ま、お察しのとおり、決して楽な生き方ではないけどね。」



 レイレンは肩をすくめる。



「精霊たちを鎮めるために、常に色んな所を回ってなきゃいけないし、行く先行く先トラブルばっかだしねぇ…。内側に引き入れた精霊たちは死ぬまで一緒だし、その子たちにあまり同調しすぎると、すぐに意識を取り込まれて廃人になる。死ぬようなものじゃないけど、呪いって呼ぶには十分だよね。」



 自分の手を見つめ、レイレンはしみじみと呟いた。



「レイレンさん……」



「で・も! そのおかげで、城からの招集は例外的にかからないし、エリオスに協力しててもばれないから全然オッケー♪」



 気遣わしげにレイレンの名を呼ぶ尚希だったが、そんな彼の気持ちを台無しにするように、レイレンが両手を叩いて目を輝かせる。



 そんなレイレンの態度に、尚希ががっくりと肩を落とした。



(振り回されてるなぁ……)



 実は呆れながら、そんなことを思う。



 父のためにそこまで自分のことを割り切れる神経には感服するが、やはり紙一重でただの病気のような気もする。



 単純なように見えて、その真意が見えない。

 だから、彼のことなど嫌いなのだ。



 近くにいて大丈夫なのか、だめなのか。

 それが分からなくなるから。



「キースったら、僕のことを心配してくれてるの?」

「したけど……今すっごく後悔してる。」



「正直だこと。でも、キースのそういうところ好きだよ~。」

「そりゃどうも。」



 尚希の表情にも、実と同じように呆れた色が浮かぶ。

 そんな尚希に、レイレンは意味ありげな視線を向けた。



「まあ背負うものは大きいけど、僕は割とこの生活を楽しんでるよ。〝フィルドーネ〟は他と違って、任期が短いしね。」



「そうなの?」



「だって、精霊の統治を許されたとはいえ人間だよ? 無尽蔵に精霊たちを溜め込めると思う?」



「ああ、なるほど。」



「でしょ? 内側に溜め込める精霊の数に限界が来たら、その時に〝フィルドーネ〟は交代になるの。僕も長くて、あと三年くらいかなぁ。だから、城にいる時は上がうるさかったよ。キースのこと、意地でも繋ぎ留めとけって。」



「……オレ?」



 唐突に自分の名を出され、尚希は困惑して自身の顔を指差して問うた。



「そ♪」



 にやりと笑みを深め、レイレンは手袋をはめた方の指で尚希の瞳を示した。


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