大地に属する精霊とは

 ここは自分の精神衛生のためにも、さっさと話題を変えよう。



「ところで、地球から離れられない事情があるって言ってたけど、どのくらい向こうに戻ってないの?」



 幸いにも疑問に思っていたことがあったので、どうにか冷静さを取り戻した実は平坦な口調で問いかけた。



「んー……こっちの時間で、かれこれ三ヶ月くらいかな。」

「そんなに?」



 実は目をひそめる。



「そんなに向こうから離れてて、は平気なわけ?」



 重ねて問う。

 すると、ここで初めてレイレンの表情が明るさを欠いた。



 彼は眉を下げて微笑むと、ずっとはめていた白手袋に手をかける。



 そこから現れたものに実は険しく表情を歪め、拓也と尚希は蒼白な顔をして固唾かたずを飲んだ。



 レイレンの手には、黒いつたのようなあざが絡みついていた。



 それは実たちが見る前でうぞうぞとうごめき、レイレンの手を覆い隠さんばかりに黒い葉とつるを繁らせている。



「……これ、相当怒ってるよね。」



 口元に手をやる実が、深刻そうに呟く。



「そうなんだよねぇ…。この状態で向こうに帰ったら、それこそ今度はいつ地球に来れるか分からないでしょ。そうなるとちょっと困るから、下手に向こうに帰れなくて……」



 溜め息混じりに言って、肩を落とすレイレン。

 そこに―――



「レイレンさん……これ何? 初めて見たんだけど。」



 尚希が当然の疑問を口にする。



「これ? キースと絡んでた時から、ありはしたよ。こんな風に、誰からも見える位置まで広がってなかっただけで。」



 言いながら、レイレンはそでをまくった。

 そこから覗いた白い腕にも大量の痣が絡んでいて、尚希たちは呼吸すら忘れてしまう。



「これはね、ちょうど僕の心臓の上から広がってるの。地の精霊が怒ったり泣いたりすれば、こうして体の先まで広がってくるし、逆に落ち着いているなら、痣は肩くらいまで下がっていく。ようは、精霊のご機嫌メーターみたいなもんなんだ。」



「でも、実は呪いだって……」

「うん、そうだよ?」



 躊躇ためらいがちに告げられた尚希の言葉を、レイレンは深刻さなど感じさせない態度で肯定した。



「これは、〝フィルドーネ〟を継承した人に受け継がれるもの。まあ呪いといっても、別に死ぬわけじゃないんだけどね。」



 尚希たちの不安をやわらげるためだろう。

 レイレンは、茶化したような雰囲気でひらひらと手を振った。



 そして―――



「さて。ここに、地面に生えた一本の木があるとするよ?」



 ふと、そんな問いかけを始める。



「この光景を、みんなはどういう風に見る? 木が地面に根を下ろしていると見る? ―――はたまた、大地が木を離すまいと、自分の元に木を捕らえていると見る?」



「え…?」



 レイレンが提示した二つ目の解釈に、実以外の二人が戸惑った表情を見せる。

 そんな二人と目を合わせ、レイレンはその顔に含み笑いを浮かべた。



「流れていく水や吹いていく風とも違う。一気に燃え上がってすぐに命を終える火とも違う。大地はいつもその場にとどまって、たくさんの移り変わりを見つめながら長い時を生きる。行かないでって止めることも、来るなって拒むこともできずにね。そんな大地から生まれた精霊たちは、どんな精霊よりも寂しがり屋なんだよ。いつだって誰かに傍にいてほしいし、いつだって誰かの傍にいたい。そんな地の精霊に気に入られちゃった印が、これなわけ。」



「表立って知られてはいないけど、四大芯柱の中でも〝フィルドーネ〟っていうのは、ある意味別格の存在なんだ。」



 続いて口を開いたのは実だ。



「レイレンも言ってたけど、地の精霊ってのは、束縛力が他の精霊とはレベルが違う。ほっとくと自分たちが気に入った奴をほいほい取り込もうとするし、へそを曲げれば地震とかを起こして、無理にでも気を引こうとする。そんな地の精霊たちの相手を一手に引き受けて、他の人間に被害が及ばないようにするのが〝フィルドーネ〟の役目。」



 遠い昔に精霊たちから聞いた話を、実はよどみなく語る。



「ただそうやって人間が介入することで、地の精霊の力ばかり大きくなると世界の魔力バランスがおかしくなるってことで、後から他の精霊たちを統治する人間があてがわれたってわけ。〝フィルドーネ〟に比べたら、他の役職はおまけみたいなもん。一応、神様の器候補って以外にも、四大芯柱の存在理由はあるんだよね。」



 皮肉げに言うと、拓也と尚希の顔にも複雑そうな色が表れた。



 どうしようもなくレティルの姿が脳裏に浮かんでしまい、実も心底嫌そうな顔をして息をつく。



「まあ、あいつもさすがに〝フィルドーネ〟の体は奪えないと思うけど。」

「そうなのか?」



 実の言葉に、拓也が首を傾げた。



「さすがは精霊の教え子の実。大当たり。」



 すかさずレイレンが答えを寄越してくる。



 その発言の意味を問うような拓也と尚希の視線を受け、レイレンは無言で机の上に手を置いた。


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