崩れそうな足元

 レイレンと騒がしいやり取りをしていた実は、戸惑う拓也たちに気付くと、不思議そうに首を傾げた。



「……あれ。尚希さん、こいつの病気知りませんでした?」

「いや、知ってたつもりだったんだけど……さすがに、ここまで病的だとは思ってなかった。」



 ふと訊ねた実に、尚希は頬をひきつらせながらそう答える。



 まあ重症度はともかく、尚希はレイレンの悪癖の片鱗を感じ取ってはいたというわけか。

 実は一つ息をつき、この中で一番状況についてこられていないだろう拓也に目をやった。



「拓也、先に言っておくよ。こいつは、病気レベルの父さんのストーカーだから。常時こんな感じだから、殴るのを躊躇ためらっちゃだめだからね。」



「ストーカーだなんて、まるで人を社会不適合者みたいに。熱心なファンだって言ってよ。」



「………っ」



 相変わらず、うざいことこの上ない。

 だがそんなことを言おうものなら、レイレンが狂喜乱舞するだけである。



 実は喉元までせり上がってきていた言葉を、意地で飲み込んだ。



 大袈裟な表現などではない。

 レイレンは、盲目的なエリオスの信者なのだ。


 

 彼の行動は、ほとんどエリオスの意志で決まる。

 エリオスがそう望んだから記憶をなくした自分の様子を見ていてくれていたし、逆にエリオスが望めば、彼は容赦なく自分を殺しただろう。



 とはいえ、ただの従順な下僕というわけでもないのが厄介なところ。



 聞いてのとおり、レイレンはエリオスのどんな言動も自分の興奮材にしてしまう。

 ちょっとエリオスの困った顔が見たいなんて思ったら、彼はその欲望のままに、エリオスを困らせる行動に出るだろう。

 そしてそれを、本人は全く悪いと思わないのだ。



 一体何をどうしたら、こんな病人が完成するのか。

 今度父に会ったら、ぜひとも聞いてみたい。



「まあ安心してよ。さすがに、城の中じゃ程度をわきまえてるから。そうじゃなきゃ、さすがに疑われてるって。ただ―――」



 声のトーンを落として一度うつむいたレイレンは、次の瞬間に握り拳を作って目を輝かせた。



「エリオスや実を前にすると、もう衝動が収まらないんだよね! 今は城の目があるってわけじゃないし、どこに我慢する必要があるの!? というわけで実、コスプレしよう! いいカメラ買ったんだぁ♪」



「どういうわけだ! いい加減、その口封じてやろうか!? 今なら、あんたより強い自信あるけど!?」



「ええぇー。……僕、死ぬ時だけは、エリオスの腕の中じゃなきゃやだー。」



「きもっ……」



 実は肩を抱いて、そこをさする。



 久々に話をしたけど、相変わらず気色悪い。

 もう散々引いた後なのに、これ以上どうやって引けというのだ。



 軽蔑するような実の視線に、レイレンは唇を尖らせるだけ。



「人生の最後くらい、贅沢させてよー。それに今は地球から離れられない事情があって、ただでさえエリオス不足なんだもん。ちょっとくらい、優しくしてくれたっていいじゃん。」



「そういう発言は、その病気を治してから言ってくれる?」



「それは無理ー♪ 大丈夫だって! 僕はエリオスのことが大好きだけど、別にセリシア様や実から、エリオスを取り上げようなんて思ってないから。」



「そこに関しては一度も危機感を持ったことないから、安心して死ね。」



「もう、実ったら……性格が綺麗にひねくれた方向に戻っちゃって。いいよー、別に。家に帰れば、これまで集めたコレクションがたくさんあるもん。パソコンって便利だよね。地球の文明万々歳。」



「………っ」



 実は思わず、言葉につまった。



 性格が戻っている。

 その言葉が自分にどれだけの動揺を与えたか、レイレンはきっと気付いていないだろう。



 昔の自分を知っているレイレンから見ても、今の自分は限りなく昔の自分に近寄っているのだ。



(俺は……何を否定したかったんだっけ…?)



 自分が自分と戦うと決心をしたその原点すら、今はもう暗い闇の中に溶けて見えない。



 胸の奥がむずがゆい。

 唐突に揺れ始めたそれに気付いて、実は慌てて自分の動揺を静めようと目を閉じる。



 どんなに意識を正しても、些細なきっかけで思考が堂々巡りをしてしまう。



(もう……きつい……)



 常に悲鳴をあげている心が嫌で仕方ない。

 息ができなくて、地面を踏み締めている感覚もなくて。



 途端に鎌首をもたげる破滅衝動。

 これまで我慢できていたこの衝動に、今はとても勝てる気がしなかった。





 世界を、大事な人々を道連れにしてしまう前に、自分だけが終われば―――





 ――― 破滅の囁きは、甘く響く……


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