手のつけられない変態
「ど、どうぞ……」
尚希は彼の前に、おずおずとコーヒーを出した。
「あ、ありがとー。」
彼はほんわかとした口調でコーヒーを受け取り、当惑顔をする尚希を見上げてにっこりと笑った。
「やだなぁ、もう。そんなに身構えないでよ~。会うのは随分と久しぶりだけど、別に知らない仲じゃないじゃないの。」
「それはそうなんですけどね……」
「あーっ! 何その他人行儀。城の人間の目はないんだし、エリオスと三人でいる時みたいに、くだけてくだけて。」
「ははは……」
未だに状況を飲み込めない様子の尚希は、どう反応していいのか分からずに視線を泳がせている。
「実、なんでこの人がこんな所に!?」
彼らの向かいに座る拓也が、隣の実に訊ねる。
その声には隠せない動揺がありありと表れていたものの、これでも拓也が極力冷静であろうと努力しているのが、痛いほど伝わってきた。
「いや、なんでって言われると、なんでなんだろうね……」
そんな実に―――
「あれぇ? 実ったら、僕のことは説明してなかったの?」
彼がターゲットを尚希からこちらに切り替えて、話を振ってきた。
「言うわけないじゃん。つーか今日の今日まで、あんたのことなんてすっかり忘れてたし。」
「ま、ひどい!」
「うるさい。俺はあんたのこと、嫌いだもんね。」
にべもなく、実は言い捨てる。
すると、彼は驚いたように目を丸くした。
「あーらら…。さっき話には聞いたけど、本当に全部思い出しちゃったんだ。その
「変態が。」
相も変わらずな彼の態度に、実は額を押さえた。
この男の名は、レイレン・アストミア。
エリオスに子供がいたことを始めから知っていた、数少ない人間の一人だ。
そして両親と同じく、四大芯中の一人。
地の精霊を統括する役目を担った、通称〝フィルドーネ〟の地位についている人物でもある。
城と〝知恵の園〟で大きく名を馳せていた彼のことくらい、拓也も尚希も聞いたことがあるだろう。
話を聞いている限り、尚希は随分彼と親しかったと見える。
「あ、あの…。実……オレは、一体どうすれば……」
尚希が面白いくらいに
「別に。そいつが言うとおり、普段どおりに接すればいいんじゃないですか? どうしようもない変態だけど、そいつは俺をどうこうする奴じゃないですから。」
尚希が何を気にしているのかは明白だったので、実ははっきりと言ってやった。
そんな実の発言に、尚希だけではなく拓也までもが目を見開いて絶句する。
おそらく、自分が彼を敵ではないと断言したことに相当驚いたのだろう。
認めるのは
実は溜め息をつく。
「だって、父さんが俺を連れて地球に逃げるのを手伝ったのは、そいつですからね。多分、俺のことが国にばれた時に父さんが逃げる手引きをしたのも、そいつだと思いますよ。」
「……えっ!?」
拓也たちの視線が、レイレンに集中する。
二人の視線を受けたレイレンは、にっこりと笑みを深めると……
「ふふっ、正解♪」
あっさりと、実の言葉を肯定した。
「じゃあ……もしかして今は、あなたも城に追われてるんですか?」
訊ねたのは拓也だ。
それに対し、レイレンは首を横に振る。
「ううん。僕って基本的に、いつも各地域を巡礼中ってことになってるから、ほとんど城にいないんだよねー。実やエリオスのことも、城からの連絡で知った風を装ってるから、多分誰も僕を疑ってないと思うよ。おかげで、やりたい放題。」
「え……じゃあ、エリオス様が城から追われそうになって、それを助けるために、わざわざ駆けつけたってことなんですか?」
「もっちろーん。エリオスのためなら、どこにいても一瞬で駆けつけるよ!」
拓也の問いに大きく頷いて、レイレンは両手を叩く。
「困ってるエリオスの顔とか、追い詰められたエリオスの顔とかって、滅多に見られるものじゃないじゃん! それで助けてほしいなんて言ってもらえるんじゃないかと思うと、もうわくわくするよね。興奮ものだよ。」
「……ん?」
「ま、結局あの時は、僕が申し出るまで助けてなんて言ってこなかったけどさ。それでもね、エリオスったら僕が訪ねた時、ガラにもなくほっとした顔しちゃってさぁ! あんな顔が見られたんだから、わざわざ地球からすっ飛んできたかいがあったってもんだよぉ~。」
「へ、へえ…。その時から、地球にいたんですね。」
「うん。エリオスに、時々実の様子を見ててほしいって頼まれたからね。あの時の実は、ほんっとに素直で可愛くてねー。小さくて可愛くなったエリオスに懐かれてるかと思うと、それはもう天にも昇る心地っていうか……」
「そのまま昇っちまえ。むしろ土に
うっとりと頬を赤らめるレイレンに対し、実が珍しく鋭い毒を吐く。
自分としては冗談ではなく、百パーセント本気で言ったつもりだった。
しかし。
「んんん~♪ これも、エリオスに言われてるかと思うと快感だね。ねえ、実! 一回でいいから、エリオスの声を真似して辛辣になじってみてくれない?」
「断る。つーか、写真撮るな!」
さも当然のような流れで携帯電話を取り出して連射モードで写真撮影を始めたレイレンに、実は表情を険しくして腕を振る。
だが、その腕がレイレンの携帯電話を取り上げるよりも数倍早く、レイレンがひらりと身をかわしてしまった。
「だーめ。これはまた、僕の秘蔵フォルダに保存するんだから!」
「気持ち悪いんだよ! 俺じゃなくて、父さんを撮ればいいでしょ!!」
「だってー…。エリオスの居場所なんて、僕でも分かんないんだもん! 実がこんっなにエリオスにそっくりになるなんて、これはもう、神様が僕に恵みを与えてくれたってことじゃないかな!?」
「ふざけんな! ただの遺伝だっての! このド変態!!」
実がたまらず、机を力強く叩く。
しかし、当のレイレンは悦に入った表情で感嘆の息を漏らすだけ。
実の罵倒など、まるで効いていないようだ。
実とレイレンが繰り広げるやり取りに、拓也と尚希は何をどう突っ込んだらいいのか分からず、完全に言葉を失ってしまうのだった。
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