ただ一つの願い

「拓也……」



 茫然と、実は拓也を見つめる。

 そんな実に、拓也は挑戦的に笑うだけだった。



「お前が望まないとしても、何度でも言ってやる。お前はひとりじゃない。おれらがちゃんとついてる。拒絶したいならしてろ。おれは勝手についていくだけだ。孤独になんかしてやらない。覚悟しとけよ? お前は〝助けて〟って言った。あの言葉、都合よくなかったことになんてしないから。」



「………」



 なんで、こんなことになってしまったのだろう。

 いくら拒絶したって、もう無理じゃないか。



 痛いほどに伝わってくる。



 拓也は絶対に引かない。

 本気で、どこまでもついてくる気だ。



 きっとこの先、何度拓也を拒絶して逃げたって、彼はどこまでも追ってきては、暗闇から自分を引きずり上げるのだろう。



 その度にこうして怒って、笑って傍にいてくれるに違いない。



 自分がどれだけ意地を張っても、きっとこの堂々巡りが続くだけ。



 だめだ。

 拓也には、自分に囚われずに生きてほしい。



 そう思うのに……



 胸が苦しい。

 体が震える。





 ―――嬉しくて仕方ないのだ。





 拓也がくれた言葉が。

 こうして厳しい言葉をかけて、背中を叩いてくれることが。



 これ以上、拓也に嘘をつき通せない。

 胸の奥から湧いてくる願いが、意地も躊躇ちゅうちょも流していくようだった。



「そこまで言うなら……」



 ぽつりと、言葉が零れていく。



 ―――本当に、この一線を越えてしまうの?



 もう一人の自分が問うてくる。



 こんな願い、重すたぎることは分かっている。

 それに、拓也はこの問いに一度首を横に振ったではないか。

 今再び同じことを訊ねたとしても、きっと彼は困ってしまうに違いない。



 でも……どうしようもないのだ。



 今になって実感する。

 自分の願いは、これしかないんだって。



 いつも自分のことは自分でケリをつけると言い聞かせてきたけど、今まで無視し続けてきた心は、この願いを誰かに託したくて、ずっと悲鳴をあげていたのだ。



「そこまで言うなら、約束してよ……」



 実は大きく顔を歪めた。

 自由にできる左手を伸ばし、拓也の服を握り締める。



 怖くてたまらない。

 でも、これまでの意地も建前も奪い取られたら、我慢なんてできるわけないじゃないか。



 寂しくて寂しくて、誰かにすがりたいこの心を、これ以上無視することなんて―――





「生きろって言うなら。一緒に背負ってくれるって言うなら。約束して。―――俺を、殺してくれるって。」




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