届けられた想い

 ゆらゆらと、揺れる。



 ここはどこ?

 なんで自分は、こんな所に?



 白くて果てない海の中に揺蕩たゆたっていると、ふと微かな声が聞こえてきた。



 ああ、懐かしい声だ。

 ずっと憎んでいたのに、失ってからは聞きたくて仕方なかった声。



 その声が、徐々に近付いてくる―――





 ―――ああ、もう無理だね。





 これ以上は、僕はここにいられないみたい。



 仕方ないね。

 君も僕も、本気で消えることを受け入れちゃったから。



 君が桜理の望みに応えて生きる道を選んだとしても、そこに僕はついていけない。



 たとえもう一度僕という存在を生み出したとしても、それは僕であり僕じゃないモノだと思う。



 言わなかったけどさ、君が無意識で再構築した僕の存在って、それくらい稀有けうなものなんだからね?



 ここまで綺麗に自立した存在が構築できる確率、ほとんどゼロに近いんだ。



 まあ、だからね。

 遺言っていうの?



 消える前に、伝えられることは伝えられればなって思うんだよね。



 死ぬなら謎のままでもいいかと思ってたんだけど、どうやら君はまた、死ねないみたいだし。



 ……君に届いているかは、賭けみたいなもんだけどね。



 君は僕の存在について、色々と誤解している点が多いんだよね。



 君は僕のこと、記憶を消す前の自分の分身だと思ってるでしょ?

 そう思って、無条件に昔の自分を拒絶してるでしょ?



 でもね、本当は違うんだよ?



 僕は封じられていた君の魔力―――〝鍵〟としての魔力、そしてその魂が人格を持ったモノなんだよ。



 もっと分かりやすく言ってあげようか。



 僕は、この魂に刻まれた全ての記憶と想いを引き継ぐ存在。



 だから当然、君が君として生きてきた記憶も、君じゃない誰かとして生きてきた記憶……まあ、平たく言えば前世の記憶も全部持ってるわけ。



 僕がなんで、君の小さい頃の姿なのか。

 それは多分、この魂の今の所有者が君だからじゃないかな?



 ま、そのせいで君が誤解しちゃうのは仕方ないんだけど。



 でも、君が僕を自分自身だと思うことで心を保ってたのは知ってたから、そこは君に合わせて何も語らずにいたわけさ。



 まあ、そうは言っても、桜理のことに壊れそうになったのは本当のことなんだけどね。



 まったく、君が桜理に持つ罪悪感は半端じゃないよ。

 僕をここまで参らせてくれるんだからさ。



 ともかくね。

 僕は君であるとも言えるけど、やっぱり君じゃないんだ。



 だって、僕には過去しかないから。

 僕の存在、思考回路、そして行動は、結局のところは過去の地層に基づくものでしかないのさ。



 君の視界を借りて未来を見てみても、僕はそこに何も見出だせないんだよ。



 だからね、君が僕を憎むのは自由。

 でも僕と一緒に、君が君として生きてきた過去まで憎む必要はないんだよ?



 うん、これが伝えたかったことの一つ。

 もう一つあるんだ。



 これは、未来を生きる君への忠告だ。





 ―――僕のことを、理解しちゃだめだよ。





 君はあくまでも、君としての道を生きて、君本来の心と向き合えばいいんだ。

 決して、僕の心を受け入れちゃいけない。



 この魂はね、〝鍵〟としてあの魔力を内側に封じてきた時間が長くなりすぎて……徐々に、内側に封じた魔力が持つ、強すぎる想いに侵食されてしまっているんだ。



 そして、輪廻転生を繰り返す中で数えきれないほど殺されてきて、この魂自身も、内側に封じた想いに自ら共鳴してしまっている。



 だから僕は……一切の躊躇ちゅうちょもなく、人を殺せてしまう。



 きっと本来なら君も……何度も殺意を向けられるにつれて、知らずのうちにこの想いに飲まれるはずだった。



 いや、もうほとんど飲まれていたと言った方がいいか。



 でも、桜理のことでつらかったからとはいえ、偶然にも君は、殺意とは無縁の世界で、何もかもを忘れて本来の君として過ごせる時間を得られた。



 だからどうか、その時間で得られた今の優しい君の心を大切にしてほしい。

 本当の君は、今の君だ。



 万が一にも僕の心を受け入れてしまったら、きっと君は―――僕と同じ、化け物になってしまう。



 ……まあ、君には少し難しい忠告かもしれない。



 僕は受け入れるなって言うけど、あの神様は、君にこの心を受け入れさせることが目的のようだからね。



 ―――でもきっと、君なら大丈夫。



 君を利用しようとする連中がいるように、君を純粋に想って守ってくれる人たちもちゃんといるから。



 ……ああ、もう限界。

 さっきから、眠くて眠くてたまらないんだ。



 じゃあね。

 あとは、君の気持ち次第だよ。





 どうか、君の素直な心のおもむくままに―――




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