―――もう、躊躇わない。

 実は、苦しそうに目を閉じている。

 拓也たちの動きを奪った木々はその手を実自身にも伸ばし、徐々にその体を包んでいく。



「………」



 身動き一つしなくなった実。

 その中で、ぽろぽろと流れていく涙だけが、実の心の全てを物語っているように見えた。



 本当に、ここで諦めていいのか。

 拓也は自問する。



 このまま実を、ひとりで行かせていいのか…?



 あんな悲しい心のまま。

 自分のことを信じられずに嫌ったまま。



 このまま実を殺すことが、本当に正しい選択なのだろか。



 ――― 助けて、と。



 初めてああ言った実に、何も応えてやれていないのに。



(いいわけあるかよ……)



 脳裏にひらめいた答えは否。



 拓也は歯を食い縛る。



 このまま諦めさせてたまるか。



 考えろ。

 どうすれば実を助けられるか。

 どうすれば実の心を守れるのか。



 絶望の彼方かなたへ沈んでいこうとするなら、ひっぱたいてでも引きずり上げればいい。



 エリオスは、そう言ったではないか。



「――― あ……」



 エリオスの言葉をなぞっていて、ふいに頭の中に何かがすとんと落ちてきた。

 思考が、記憶をさかのぼる。



 あの時、実はなんと言っていた?

 それに自分は、なんと答えた?





 もしかして答えは、最初からそこにあったんじゃ……





(そっか……)



 拓也はふと目を閉じる。



(お前に必要なのは、ただ優しく傍に寄り添ってくれる人じゃないんだな。)



 右手に意識を集中させる。



 動け。

 自分自身に言い聞かせる。



 今大きな山を乗り越えなくてはいけないのは、実だけじゃなく自分も同じ。

 こんな躊躇ためらいなど、ここで捨てていけ。



 実はこんなことで絶望しない。

 そう信じてやれるなら、目の前に立ち塞がる全てを切り裂いて進め。





 それが――― 実を守ることに繋がるから。





「―――っ!!」



 拓也は目を開いて、まっすぐに実を見つめる。



 全身に力がみなぎっていく。

 これこそ自分が存在している理由だと、魂がそう訴えてくるようだ。



 右手に握る確かな感触。

 それが、自分の意志を後押ししてくれる。



 自分が思うままに行け、と。

 そう言ってくれている気がした。



 深く深呼吸。

 それで、残りの迷いを振り切る。





 ――― もう、躊躇ためらわない。





 拓也は右手を握り締め、思い切りそれを振り上げた。


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