彼女の事情

 それからしばらく、闇と破壊の世界を歩き続けた。



 どれだけ歩いたのか、どれくらいの時間が流れていたのかは分からない。

 どんなに歩いても全く疲れないあたり、この世界には時間といった概念がないのかもしれない。

 


 レイレンには心を揺らすなと言われたが、それはかなり難易度が高かったと、今さらながらに実感する。



 感情が抜け落ちた、奈落のような虚無感に満ちた世界。



 それがもたらしてくるのは、自分がここに存在しているのかと疑いたくなるような不安。

 そして、凍えてしまいそうなほどの孤独感。



 一人だったら、間違いなく発狂していただろう。

 だからその姿を見つけた時、尚希は腰を抜かしそうになるほどに安堵したのだった。



「拓也!!」



 鉄壁にもたれかかって座り込む拓也に、尚希は大慌てで駆け寄った。



「大丈夫か!? しっかりしろ! おい! 拓也!!」

「……うるさい。聞こえてるって。」



 大きく顔を歪め、拓也は弱々しい力で尚希を押し返す。



「ん……待っててよかった。尚希たちなら、絶対に来ると思ったよ。」



 想像していたよりもはっきりした声が返ってきて、尚希はほっと肩の力を抜いた。



「待ってたってことは、別に実と道連れになろうと思ったわけじゃないんだ?」



 尚希とは対照的にのんびり近寄ってきたレイレンが、拓也を見下ろしてそう訊ねる。

 すると、拓也はほんの少し表情を曇らせた。



「……少しも迷わなかったわけじゃ、ないけどな。せっかく向こうから連れてってくれるっていうのに、乗らないわけにいかないだろ。少しでも情報が集められないかと思ってさ。」



「それで? 何か分かったの?」

「まあまあってとこかな。」



 拓也は肩をすくめる。

 そして。



「どうやらあの精霊は、向こうのことを知らなかったらしいんだ。」



 そう切り出した。



 おそらくは、何かの事故だったのだろう。

 彼女は生まれるまでの眠りの間に、地球へと飛ばされてしまったらしい。



 目覚めてみると、到底自分の肌には合わない土地にぽつんと一人。

 彼女自身も、相当戸惑ったようだ。



 ここが異世界だとは知らないまま、彼女はあてもなくさまよい続けた。

 そして自分を受け入れてくれる精霊たちを見つけながら、少しでも魔力が強い場所を目指していき、最終的にあの公園に辿り着いたのだという。



 そこにいた他の精霊たちも、ずっとここで暮らしていると言っていたので、彼女はてっきり、ここが自分の住処すみかなんだと思ったのだそうだ。



 だから生まれた時から自然と知っていたやり方で、自分の仲間を増やした。

 もっと賑やかな場所にしたかっただけ。



 なのに……



「ちょっとだけ実の記憶を盗み見ることができたけど、実も相当手を焼いてたみたいだな。向こうの世界のことを全然信じてくれないし、当たり前だけど、自分がやってることが危ないってことも分かってないから、もう何を言っても聞いてくれないって感じで。それでもどうにかしようって……実の奴、ほぼ毎日あの精霊のとこに通ってたっぽいんだ。」



「なるほど。あの子にとって僕たちは、急に住処を奪いにきた悪者ってことね。」



「そうなる。仲間はどんどん減っていくし、自分も結界を張って隠れるので精一杯。だから、実を呼んだんだって言ってた。」



「実を……ね。」



「ああ……」



 拓也は両手を握る。



「自分と、同じだと思ったんだって。」

「………」



 拓也の言葉に、レイレンも尚希も驚かなかった。

 予想の範囲内だったのだろう。



 実はかなり精霊に好かれるし、雰囲気もどこか人間離れしているという。

 精霊たちに、自分の仲間だと認識される可能性は十分にある。



「………っ」



 拓也は思わず、奥歯を噛み締めた。



 違う。

 尚希たちはそう思っているのだろうが、本当はそういう意味じゃない。



 あの精霊が、実を同じだと思った理由は―――



「実から、自分と同じ泣き声が聞こえた気がしたらしいよ。」

「泣き声?」



 途端に、レイレンと尚希の表情に広がっていく懐疑的な色。

 拓也はこくりと頷いた。



「寂しい……って。自分と同じでそう思ってる実なら、ずっと自分と一緒にいてくれるって、そう思ったんだってさ。実は違うって言って、その願いには応えられないことを何度も説明してたみたいだけど……」



 気が滅入ってしまいそうだ。



 拓也は深く、深く息を吐いた。


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