共犯者
「……行ったのね。」
意識を失った尚希とレイレンの姿をじっと見つめ、詩織はぼそりと呟く。
そして―――
「もうそろそろ出てきたら? エリオス。」
背後に視線をやって、そう告げる。
「ふふ…。いつから気付いてたんだい?」
そこに降り立ったエリオスは、柔和な表情で詩織に微笑みかけた。
「気配は感じてなかったわ。ただ、あなたならきっと来てると思っただけ。」
詩織は淡々と答え、すぐに実へと視線を戻す。
「ねぇ……実は、帰ってくると思う?」
隣に膝をつくエリオスの気配を感じながら、詩織は蚊が鳴くような声で囁いた。
「さあ、分からない。」
返ってきた声は、いやに平坦だった。
「今の実には、一番つらい状況だからね。いつも望み薄だったけど、今回ばかりはさすがにね……」
エリオスは徹底した無表情を貫き、実の頭をそっとなでる。
冷たく見える表情とは裏腹に、実に触れる仕草からはあふれる愛情が見て取れる。
「いっそ、全てを明かせたらいいのにね。」
言うと、エリオスの手が微かに震えた。
「……そうだね。」
彼は、否定しなかった。
「全部話せたら、きっと……私や君だけが、楽になるんだろうね。どのみちこの子は傷ついて、絶望するよ。」
「………」
何も言えない。
まったくもって、エリオスの言うとおりだからだ。
全てを打ち明けたとしても、楽になるのは自分たちだけ。
真実を知った実が傷つくことは避けられないし、真実を知ったからこそ、実は余計に苦しむことになるだろう。
「分かってても……つらいのよね。」
詩織はうつむき、無言でエリオスの肩にもたれた。
「実が、私に色々と訊きたいことがあるっていうのは分かってるの。でも、私はそれに気付かないふりを通すしかないなんて。」
ふとした拍子に向けられる、実の視線が痛かった。
その視線から、ずっと逃げてきた。
エリオスとの約束があるというのもあるけど、真実を伝えてしまえば、自分と実の関係はぼろぼろに崩れてしまう。
そして真実を伝える時は、何もかもが
それを思うと、どうしても怖くて……
「つらい、か…。私も、次に実と面と向かって会う時が怖いよ。」
エリオスが自虐的に笑う。
「この子は聡い子だから、きっともう気付いてる。だから、私に訊きたいことが山のようにあるだろうし、それと同じくらい……今は、私に会うことが怖いと思う。ひどい親子関係だ。」
ここで初めて、エリオスの表情が思い切り歪んだ。
彼がたたえる苦悩に満ちた表情を見たくなくて、詩織は視線を床に固定する。
「………私たちのこと、恨んでる?」
「もちろん。」
迷いのない、
「恨んでいるよ。何故私や実の責任なんてない次元のことで、こんなに苦しまなきゃいけないんだって、何度も君たちを呪ったさ。私たちから普通の幸せを奪ったのは、間違いなく君たちだ。」
「そうね。そのとおりだわ。」
「―――でも、君がいてくれてよかった。」
「………………え?」
予想だにしないエリオスの言葉に、詩織は目をまたたいて彼を見上げた。
エリオスはまた穏やかに微笑んで、こちらを見下ろしている。
「たとえ今の地獄が、わずかな希望への道のりだと理解していても、私一人では絶対に耐えられなかった。だから、君っていう共犯者がいてよかったよ。君がいるから、私は自分の目的を見失わずに、冷静に地獄を突き進める。これ以上……愛しい人を巻き込まずに済むからね。」
ああ、そういうことか。
すっきり納得だ。
「びっくりさせないで。
安堵した詩織は、また目を閉じる。
彼が価値を見出だしたのは、共犯者としての自分。
何も隠す必要がなくて、どうしようもなく感情が高ぶった時に、遠慮なくそれをぶつけられる自分なのだ。
自分と彼の間に、情なんてない。
それでいい。
それがいい。
自分は加害者で、彼は被害者。
それは、どう足掻いても変わらないのだから。
「それじゃあ、共犯者さん? 共犯者らしく、自分たちで陥れた子供たちの行く末を一緒に見守りましょうか。」
こんな言い方は卑怯だと思うなら、そうなじってくれて構わない。
でも、自分たちの関係を共犯者だと表現したのはエリオスだ。
ならば少しくらい、そこに甘えたっていいじゃないか。
「はは、そうだね。それも一興か。」
エリオスはやはり、笑うだけだった。
そして、とびきりの甘い声音でこう告げる。
「じゃあその間、少し昔話でもしようか。愛しくてたまらない、この子の話でも。」
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