届かなかった願い
あれから、さらに五日ばかりが経過した。
初めは
今では、一日に三回ほどアズバドルに精霊たちを帰せればいい方だ。
説得に応じない精霊たちは、仕方ないが強制的に捕まえて送り返している。
抵抗する精霊のほとんどがこちらを信用できないという理由から暴れるので、長々と説得をするよりも実力行使に出た方が早いという結論に至ったからだ。
実際に故郷に返してやると、そういった精霊たちはポカンと拍子抜けした様子だった。
何か裏があるのではないかと疑う素振りを見せる精霊もいたが、こちらが何もせずに去ろうとすると、慌てて礼を言ってくる精霊も多かった。
半分以上は地球の環境維持が目的なのだが、彼女たちの反応を見る限りでは、実力行使も間違った判断ではなかったのだろう。
学校や仕事そっちのけで浄化作業に明け暮れ、少しずつ林の奥に進む。
果てがないように思えた地道な作業も、ようやく終わりが見えてきそうだった。
「よし、今日はこれくらいにしようか。」
ちょうど実と拓也がアズバドルから帰ってきたところで、レイレンが一つ手を叩いた。
「こうも毎日だと、さすがに疲れるな。」
尚希がふう、と息をつく。
「疲れたって…。まだまだ余裕なくせにー。」
「そういう教育をしといて何を言うんだか。」
「あー、まるで僕が鬼畜みたいに言わないでよ。僕だって、その教育を受けた被害者なんだから。」
すかさず茶々を入れたレイレンに尚希が軽口を返し、そんなやり取りに少し場が
「それにしても、みんなが手伝ってくれたおかげでかなり綺麗になったよ。もう一息だね。……ってなわけで―――」
レイレンが尚希から視線を移す。
「実。折り入って話がある。」
「……へ?」
呼びかけられ、実はぱちくりと目をまたたいた。
「な、何?」
無意識に、戸惑いが滲み出てしまう。
急に改まってどうしたというのだ。
心当たりがありすぎて困るではないか。
とっさに言い訳を考え始める実に、レイレンは告げる。
「実。実は、明日からここに来ないでほしい。」
「………?」
不可解そうに眉を寄せる実。
「どういうこと?」
正直なところ、いい意味で予想が外れて安心したが、レイレンの意図するところが全く分からなかった。
「元々、そういう話だったの。ここから先は、実がいてもいなくても強行突破になるのは変わらない。その段階まできたら、実には作業から外れてもらおうって。」
「だからなんで……」
「じゃあ訊くけど、この先ちゃんと、理性を保っていられる自信ある?」
「………っ!」
鋭く問われ、実は思わず返事に窮した。
「あのね、こっちは仮にも四大芯柱なわけ。ここの浄化作業が、実の精神に結構な負担をかけてることは知ってたよ。ここから先にいる精霊たちは、それなりに力も強い。抵抗手段として、僕たちの精神を取り込もうとしてくる子もいるだろう。もう一度訊くけど、その子たちの毒気に当てられて、引きずられない自信があるの?」
「………」
今度こそ、実は沈黙する。
精神が引きずられない自信。
そんなものがあるなら、とっくのとうにこの状況を解決できている。
苦い確信が、自分の危うさを露呈させた。
「大丈夫。別に、実が役に立たないって言ってるわけじゃないよ。」
唇を噛む実の肩に、レイレンが優しく手を置いた。
「実は、精霊たちとの距離が近すぎるんだ。ここの浄化なんて、最初から相当しんどかったと思う。ここまで頑張ってくれてありがとね。後は僕たちに任せて、ゆっくり休んでて。」
「……分かった。」
少し悩み、実は素直に頷いた。
このまま無理を言ってレイレンたちと行動を共にしても、最後には足を引っ張る未来しか見えなかったからだ。
(もう、限界か……)
脳裏に浮かぶのは、小さく縮こまる少女の姿。
できる限りの手を尽くしたが、最後の最後まで、彼女は首を縦に振ることはなかった。
どのみちタイムリミットは、レイレンたちが彼女の元に辿り着くまでと決めていたのだ。
そろそろ、諦めるしかない頃だろう。
彼女は、思い込みかが激しいきらいがある。
言葉を重ねてどうこうするよりも、いっそのこと流れ来る未来に身を任せた方が、問題解決には早いのかもしれない。
自分にできることは、レイレンたちを信じて待つことだけだ。
「………」
きっと大丈夫。
そう自らに言い聞かせ、実は祈るように目を閉じた。
そうして実が離脱した後、レイレンたちが彼女の元に到着したのは三日後のことだった。
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