小さな王国の主
お願い。
助けてあげて。
でも、気をつけて。
何度もそう訴えられた。
分かっている。
人間ではない存在に心を許しすぎてしまうのは、自分の欠点だ。
引き込まれないようにしなくては。
分かっている。
でも……
ふわり、ふわりと光が舞う。
淡く黄緑色に光るそれは、まるで蛍の光のようだ。
光が雪のように柔らかく舞う森の中は神秘的に見えて、ここが幻の中なのではと思わせるほどの
もしかしたら、幻という表現はあながち間違いではないのかもしれない。
ここは閉じられた世界。
招かれないと辿り着けない、彼女たちの小さな王国だ。
「……そろそろ、一緒に行かない?」
実は優しく問いかける。
その視線の先、ほんのりと光る葉が敷き詰められた地面に座る彼女は、首を横に振った。
透き通るようにきらめく緑色の髪は、周囲を漂う魔力にゆらゆらと揺れ、大地を思わせる焦げ茶色の瞳は、どこか
彼女が可愛らしく頬を膨らませると、それに呼応して周辺の木々がざわざわと音を立てた。
幼い風貌をしているものの、彼女の周囲で揺らめく力は、彼女が生まれ持った格を存分に訴えかけてくる。
実は眉を下げた。
「じゃあ、これからどうするの?」
彼女の前にしゃがみ、彼女と目線を合わせる。
「このまま意地を張ってここに隠れてても、そのうち見つかっちゃうよ。支配できる力が減ってきて、今は仲間を増やすだけの余力もない。聖域でもない場所に結界を張り続けるのも、限界なんじゃないの?」
指摘すると、彼女はますます頬を膨らませてしまう。
おそらく図星なのだろう。
実は苦笑する。
「君の仲間たちも、向こうで待ってるよ。ちゃんと、君を受け入れてくれる場所も見つけてきた。怖がることは何もないし、向こうに行っても寂しいなんてことはないと思うんだけどな。」
極力彼女を刺激しないように語りかけるも、彼女は頑なに首を振るだけだ。
彼女は、他の精霊のように口を開いて話そうとはしない。
その代わり、自分が許した相手にだけ思念を送ってくる。
そんなことを言おうものなら余計に彼女の機嫌を損ねてしまいそうなので、言うに言えないのだけど。
黙して彼女の気持ちを受け取っていた実は、重たげな息を吐いた。
「そりゃあ確かに、見たことのないものを信じろっていうのは、ちょっと無責任かもしれないけどさぁ…。例えば俺が向こうの景色を見せたとしたら、納得してくれるの? そんなのは俺が作った幻想だとか、そんなこと言わない?」
訊ねた瞬間、ぎくりと震える彼女の肩。
「ほら、やっぱりね。俺も無理
できるだけ我慢していたが、こうなったらもう、本音を言わせてもらおう。
レイレンたちの目に触れぬように説得を始めて、もうこれで五日。
彼女の意見を聞き、こちらで考慮できることにはできうる限りの対策を尽くした。
決して実力行使には出ず、穏便に解決できるように、毎日ここにも通っている。
これ以上、何をどうしろというのだ。
「もう降参。俺は他に、何をすれば?」
ここまで来たら、一手間増えるのも二手間増えるのも同じだ。
「―――ごめん。前にも言ったけど、それだけは無理だよ。」
実は静かに否を唱える。
「俺には、それができるだけの資格がないんだ。それを望むなら、俺じゃなくてレイレンを呼ばなきゃ。それに……俺は、君が思うような人間じゃないよ。本当にごめんね。」
彼女の本当の望みは、ここに初めて招かれた時に聞いた。
しかし、その希望を叶えられるのは〝フィルドーネ〟であるレイレンだけだ。
資格がない人間が彼女の望みに応えようとしても、おそらく人間としての自我を保てなくなって自滅するだけ。
それはきっと、自分だって同じはずだ。
―――いや。
もしかしたら、自分だからこそ余計にだめなのかもしれない。
「………」
実は物
引きずられないように。
そう意識していたってこの様だ。
どうしようもなく、心が揺れる。
これでは、説得されているのはどちらなのか。
「どうする? レイレンを呼ぼうか?」
気を取り直してそう訊ねる。
すると、彼女は即答ともいえる早さで首を振った。
その瞬間、周囲の木々だけではなく地面まで揺れ始めてしまい、実は慌てて両手を振った。
「あー、分かった分かった! 誰にも言わないから、落ち着いて!」
力が弱ってきているとはいえ、ここの支配者はまだ彼女だ。
彼女が本気で怒れば、地震の一つや二つを起こすことなんて造作もないだろう。
「ってか、こんな時にそんなに感情を乱したら、俺が言わなくたって隠れ場所がばれちゃうよ?」
少々汚いと思ったが、この脅し文句は効果
ハッとしたように目を見開いた彼女が、あっという間に力を収めたからだ。
実は肩を落とす。
「……とりあえず、今日は帰るね。」
一度
これは、再び核心に迫る話を切り出すには二日ほどかかりそうだ。
とはいえ、できるだけ穏便に事を済ませたいのは、半分以上は自分のわがまま。
文句を言っても仕方ない。
気持ちを切り替え、実は優しく微笑んで彼女の頭をなでてやった。
「向こうのことを知りたくなったら、いつでも教えるよ。焦らず、ゆっくり考えてね。」
彼女は答えない。
分かりきった反応だったので、そこには特に何も触れず、立ち上がった実はその場から
―――――嘘つき。
しっかりと空気を揺らしたその声。
驚いて振り返るも、その時にはすでに道は閉じていた。
視界に広がるのは、闇に沈む森の風景だけだ。
「………」
実はしばらく、そこに立ち尽くす。
やがて―――
「……そうだね。俺は嘘つきだ。」
今にも泣き出してしまいそうな顔で笑った。
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